ルーチェ事件 – 東京地判 令2・9・17 労働経済判例速報2435号21頁

【事案】
 Xが,Yらに対し,割増賃金等の支払を求めたもの。

【判断】
「(イ) 練習会の労働時間該当性
 a Y会社がアシスタントである従業員に対してスタイリストに昇格しないことによる不利益を課していたなどの事情は証拠上見当たらないのであって,仮にスタイリストに昇格するための経験を積む機会が練習会のほかにないとしても,このことから直ちにアシスタントである従業員が練習会への参加を余儀なくされていたということはできない。加えて,証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,練習会に参加する従業員は,練習のためのカットモデルとなる者を各自で調達し,カットモデルを調達できないこともあったこと,従業員は練習会でカラー剤等の費用相当額をカットモデルとなった者から徴収してY会社に支払っていたが,カットモデルとなった者から個人的な報酬を受け取ることができたことが認められる。
 これらのことに照らすと,練習会は従業員の自主的な自己研さんの場という側面が強いものであったというべきである。
 b このような練習会の性格に鑑みると,Yが練習会における練習の開始や終了に関する指示等をしていたとしても,店舗の施設管理上の指示等であった可能性を否定することができないし,XがYから施術について注意等を受けた際に練習不足であるとの指摘を受けたことを契機として練習会に参加したとしても,これをもって練習会への参加を余儀なくされたとはいえない。
 c これに対し,Xは,練習会の途中で帰宅することは許されておらず,原則として従業員全員が練習会に参加しており,体調不良等を理由として練習会に参加しない場合にはYの許可が必要であった,スタイリストに昇格した後にYから練習が足りないと言われて練習会への参加を命じられた,練習会でのアシスタントの指導をする必要があった旨供述等(証拠略)するが,これを裏付ける的確な証拠はなく,YがXの上記供述等の内容を否定する供述等(証拠略)をしており,Yの供述等の内容に特段不自然,不合理な点は見当たらないことに照らすと,Xの供述は直ちに採用することができない。
 d 以上に述べたところによれば,Xが練習会に参加し,自らの練習や後輩の指導をしたことがあったとしても,Y会社の指揮命令下に置かれていたと評価することはできないのであって,Xが練習会に参加した時間が労基法上の労働時間に該当するとはいえない。
 (ウ) 着付けの講習会の労働時間該当性
 弁論の全趣旨によれば,本件サンプル期間のうち,平成28年10月19日,同年11月2日,同月9日,同月16日,同年12月7日は,XはY会社の外部で実施された着付けの講習会に参加したことが認められるが,Y会社がXに対して同講習会に参加するよう命じたと認めるに足りる証拠はない(Xは,元々着付けに興味があり,お店のためになればよいと思ってYから許可を得て同講習会に参加した旨供述するにとどまる(人証略)。)。
 したがって,着付けの講習会に参加した時間は,Y会社の指揮命令下に置かれていたと評価することはできず,労基法上の労働時間に該当するとはいえない。」

「(ア) 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,平成23年3月ないし5月の頃,Xが客に対してドライヤーを使用した際,客がXに熱い旨の苦情を述べ,これを受けたYが,Xに対し,「熱さを自分で感じてみろ。」と述べて,Xの耳付近から5cmないし10cm程度の距離までドライヤーを近付けてXの耳付近に向けてドライヤーの熱風を浴びせたことが認められる(Xの耳付近とドライヤーとの距離に関し,Yは,20cmないし30cm程度であった旨供述するが,一方で,5cmないし10cm程度までドライヤーを近付けると熱いと感じる,Xに対して熱いと感じる距離までドライヤーを近付けたとも供述していることから,上記のとおり認定した。)。
 この点,Yは,客からのドライヤーの使用方法についての苦情が多くあったことから,Xに対してドライヤーの使用方法を指導する目的での行為であった旨供述等しており(証拠略),上記に認定した経緯からすると,Yにドライヤーの使用方法の指導の目的があったことは否定することができないが,熱風を浴びせた場所がXの耳付近であり,かつ至近距離から熱風を浴びせるというXに身体的苦痛や屈辱感を与える態様でされたものというべきであって,このような方法によらなければ指導の目的を達することができないほどの事情は見当たらないことも併せて考慮すると,Yの上記行為は指導の範囲を逸脱してXの人格権を違法に侵害する行為であるというべきである。
 したがって,Yの行為は不法行為に該当する。
 (イ) また,Y会社は,本件労働契約上の付随義務として,その職場内においてXの人格権等の権利侵害が生ずることのないよう配慮すべき義務を負うところ,前記(ア)のとおりY会社の代表取締役自らが業務上の指導であるとして違法にXの人格権侵害行為をしたものであるから,Y会社の規模も踏まえると,Y会社は上記義務に違反したものとみるべきである。」

「(ア) 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
 a Xは,平成29年8月27日,Yに対し,退職したい旨告げ,退職の理由として,Xの祖母が病気で施設に入っており,Xの母も病気であるので家を手伝いたいなどの旨説明した。
 Yは,Xの退職を慰留しようとし,Xに対し,Xの母と直接話をすることを申し入れるなどしたが,その際,Xに対し,「小学生と話をしているようでらちがあかない。」旨述べた。
 b Yは,平成29年8月29日,Xの母と面談した。Xの母は,上記面談の際,Yに対し,Xの退職理由に関し,Xがそれまで何度か仕事で壁にぶつかることがあり,その都度励ますなどしたが,Y会社で仕事を続けることに不安を感じ悩んでいることなどを説明した。
 c Yは,平成29年8月30日,P5の同席の下,Xと面談した。
 d Yは,前記cの面談の際やその前後の頃,Xに対し,「辞めるのは恩を仇で返す行為である。」,「辞めることは感謝の気持ちがない。」,「次の人を探せ。」,「自分の要求を一方的に言っている。」,「わがまま。」,「おまえがやっていることは北朝鮮がミサイルを落としているのと一緒だ。」,「100対0でXが悪い。」,「おまえの母親もおまえも目を見て話せない。」などの旨述べた。
 (イ) これに対し,Yは,前記(ア)aのYの発言及び前記(ア)dの一部のYの発言について,これを否定する趣旨の供述をする(証拠略)。
 この点,証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,Xが平成29年8月27日から同年9月1日までの間にXの母に対して送信した「LINE」のメッセージ中には,「次の人を探せ,とかもいわれた」,「あなたの話し方は小学生だと」,「辞めないと言う選択肢以外は全部X’さんのわがまま,自分勝手,自分の要求を一方的に言ってる,お店のことは何も考えないで無視,自分を正当化してる,おばあちゃんの問題におんぶにだっこと言われてしまう」,「北朝鮮と同じらしいよ,わたしは」,「100対0で私が悪いらしい」,「P9(判決注・Xの母)もX’さんも目を見ない,ほんと同じだねってバカにされたw」とのメッセージが含まれていることが認められる。
 上記の「LINE」のやり取りの内容や送受信の日時は,XがYに対して退職の希望を述べたのに対してYがXの母との面談を要請し,YとXの母とが面談したという事実経過に照らして特段不自然な点は見当たらないことから,平成29年9月2日の時点でX代理人弁護士に対して相談していたこと(人証略)を考慮しても,上記「LINE」のやり取りは,前記第2の3(2)の主張ア(コ)のY発言に係るXの供述等(証拠略)の一部を裏付けるものであるということができる。
 したがって,Yの上記陳述は採用することができず,上記「LINE」のやり取りによって裏付けられる限度でYがXが供述等するとおりの発言をしたと認定した。
 (ウ) 前記(ア)で認定したYの発言は,その経緯に照らすといずれもXの退職を慰留する中でされたものであるということができるが,その一連の発言を全体としてみると,Xに対する侮辱的又は威圧的なものということができるのであって,労働者に退職の自由があることに鑑みると,退職の理由に関するXの説明とXの母の説明が整合しない部分があったことを考慮しても,Yの上記発言は退職を慰留するための説得の域を超えて違法にXの人格権を侵害するものというべきである。
 したがって,前記(ア)で認定したYの発言について,Yは不法行為により,Y会社は会社法350条により連帯して損害賠償責任を負う。」