尚美学園事件‐東京地判 平28・5・10 判例時報2325号129頁

【事案】
 Xが、Yに対し、定年を満70歳とする合意が存在する、定年を満70歳とする労使慣行が存在する、あるいはYがXとの間で再雇用契約を締結しないことは権限濫用に当たると主張して、地位確認等をしたもの。

【判断】
「大学においては教員の人事事項は非常に重要であり、定年や再雇用といった人事事項をどのように定めるかは、大学の在り方を左右し得る事柄として、就業規則に明確に定めておくのが通例であると思われるところ、実際に、Xが本件大学の前に勤務していたA大学では、これらの事柄に関する規定が就業規則に置かれているし、本件大学では、満65歳が定年であり、その後70歳までは再雇用されることもある旨の規定が本件就業規則に置かれ、本件説明会では、その内容の骨子を記載した本件説明資料とともに本件就業規則がXに交付されている(・・・)のであって、Yは、65歳定年制を前提とした就業規則(本件就業規則)を定めた上で、入職前の説明会(本件説明会)ではその内容を説明する書類を作成し、入職予定者(X)に対して、これらに基づいて説明をしたことが認められる。このような場合に、敢えて就業規則と異なる内容で合意するというのであれば、その旨の書面を交付するなど、相応の手続をとるのが通常であると考えられる一方で、単に口頭で説明するにとどめるとは考え難く、口頭の説明だけで済ませるのは異例というべきであるから、就業規則と異なる内容の合意を口頭でしたと認めるには慎重な検討を要するものと解されるが、Xの主張に沿う前掲証拠《略》など、本件全証拠によっても、本件において、YがXに対し、特別専任教員として70歳までの雇用延長を保証し、XとYとの間で、定年を満70歳とする旨の合意(本件合意)が確定的に存在したと認めるには足りない。すなわち、前掲証拠《略》によっても、P2教授は、Yから雇用契約を締結する権限を付与されていたわけではないので、同教授の説明がどのようなものであったにしても、その説明内容が直ちにXとYとの間の本件雇用契約の内容となるものではない。P4次長については、本件就業規則に沿った説明をした旨の同人の陳述書に照らし、Xの陳述は直ちに採用することはできない。」

「ある労使慣行が・・・法的効力を認められるか否かは、当該慣行が形成されてきた経緯を踏まえ、その内容、合理性、就業規則等との関係、反復継続性の程度、定着の度合い、労使双方の意識など諸般の事情を総合的に考慮して検討すべきものであり、特に就業規則と矛盾抵触する内容の労使慣行が法的効力を認められるには、その慣行が相当長期間、相当多数回にわたって広く反復継続され、かつ、当該慣行についての使用者の規範意識が明確であることを要するものと解するのが相当である(大阪高等裁判所平成5年6月25日判決・労働判例679号32頁参照)。
 これを本件についてみると、Xの主張する本件労使慣行は、明らかに本件就業規則と矛盾する内容になっている。
 ところで、本件大学は、平成12年4月に短期大学を改組して4年制大学として開学し、その際、総合政策学部を新設している(・・・)が、このような新設大学の新設学部が教員を集めるには困難が伴い、そのため、既に新設大学の定年に達している者であっても、他に候補者を見出し難ければ、定年後再雇用といった形式で採用する場合の多いことは容易に推測されるところ、「総合政策学部退職教員詳細一覧(退職年度・退職時年齢順)及び弁論の全趣旨によれば、本件大学総合政策学部でも当初はそのような教員の多かったことが認められる。こういった教員の場合には、採用の時点で既に定年を超えているので、定年後に再雇用された者がどのような処遇を受けるかという点との関係はともかく、定年前の年齢で採用された者が定年後に再雇用されるか否かという点とは関係がなく、この意味で、採用時に既に65歳の定年に達していた教員は、Xの主張する本件労使慣行とは無関係である。そこで、採用時には65歳に達しておらず、その後、65歳に達した教員についてみると、平成12年4月から平成27年3月までの総合政策学部の教員のうち、65歳未満で採用され、65歳で退職した者はおらず、全員が65歳を超えてから退職しているものの、その人数は全体でも7名にとどまっており、70歳を超えて退職した者は6名で、その前に自己都合退職した者が1名いる。この間15年間が経過しているものの、一般に開学後4年間の所謂「完成年度」までの間は文部科学省の設置基準により原則として教員の入替はできないと解されたと評価できるか検討すべき期間は11年間にとどまるといえるところ、65歳未満で採用された者が65歳に達しても退職しない事例がみられるようになったのは、開学後4年間を除くと、平成21年度以降のことである上、平成19年度には本件大学総合政策学部にライフマネジメント学科が設置されたことから、同学科の「完成年度」までの4年間を考慮するとすれば、労使慣行が形成されたと評価できるか検討すべき期間は更に短くなり、この期間中に65歳に達しても退職しなかった事例は更に少なくなる。さらに、こういった事例がYにどのように認識されているかをみると、これらが本件就業規則を排斥する規範に基づくものとして明確に認識されていたと認めるに足る的確な証拠は見当たらず、むしろ、本件就業規則が緩やかに運用される結果として認識されていた様子がうかがわれる。
 とすれば、Xの主張する本件労使慣行については、法的効力を認めるまでには至らないというべきであって、ほかにXの主張を認めるに足る証拠はない。関係者の前掲陳述書もこの認定、判断を直ちに左右するものではない。」

「本件説明会の際、P3総務部長は、その挨拶において、70歳まで再雇用されるケースが多いこと、本件大学の運営状況により、再雇用の上限年齢については今後見直しをしていく可能性はあるが、その場合は合意に基づくことを付言した(・・・)。
 一方、P4次長は、本件就業規則に沿った説明をしており、P3総務部長の前記挨拶における付言について、再雇用に対する無用の期待を生じさせるのではないかといった危惧を感じていた。
 このような説明等の内容からすると、65歳の定年後の再雇用について、必ずしも厳格な審査手続がとられていなかったことがうかがわれ、少なくとも、本件就業規則が厳格に運用されていて、再雇用は厳しい要件を満たした者について例外的に認められる旨の説明がなされていたとは認められない。」

「本件大学総合政策学部においては、労使慣行として法的効力が認められるまでには至らないとはいえ、70歳までの雇用が継続されるという一定の方向性をもった慣例が存在し、70歳まで雇用が継続されるかという点では死亡退職と自己都合退職という例外があるものの、65歳の定年で雇用が終了とならずに、希望した者の雇用は継続されるという点では例外はなかったところ、これらの雇用継続に際して実質的な協議や審査が行われていたとは認められず、この点では、本件大学総合政策学部の教員らが再雇用による雇用継続に期待することには合理性が認められる。」

「従前の定年後再雇用の在り方等に照らし、Xが再雇用による雇用継続に期待することには合理性が認められる一方で、平成26年度に満65歳の定年を迎えるXについて定年後再雇用の可否を検討するに当たって、理事会で審議された内容は、従前の定年後再雇用の在り方とは全く異なっており、しかも、客観性ある基準に基づくものでも、具体的な事情を十分に斟酌したものでもなく、合理性、社会的相当性が認められないから、理事会がXについて再雇用を否定し、YにおいてXとの間で再雇用契約を締結しないことは権限濫用に当たり、違法無効というべきであって、解雇であれば解雇権濫用に該当し解雇無効とされる事実関係の下で再雇用契約しなかったときに相当するものとして、XとYとの間の法律関係は、平成27年4月1日付けで再雇用契約が締結されたのと同様になるものと解するのが妥当である。」

「権限濫用に関するXの主張は理由があり、本件地位確認請求は理由があるものとして、これを認容すべきである。」