大島産業事件‐福岡地判 平30・9・14 判例時報2413・2414合併号195頁

【事案】
 Xが,Yらに対し,未払賃金等の支払請求をし,Y社が,Xに対し,Xが業務指示を受けていた業務を無断で放棄したため損害を被ったとして損害賠償請求をしたもの。

【判断】
「ア 本件就業規則等の適用の有無
使用者と労働者が労働契約を締結する際,合理的な労働条件が定められた就業規則が周知されていた場合,これと異なる労働条件の合意がない限り,就業規則に定められた労働条件が適用される(労契法7条)。
 本件就業規則は,「会社に勤務するすべての従業員に適用する。ただし,パートタイマー等就業形態が特殊な勤務に従事する者について,その者に適用する特別の定めをした場合はその定めによる。」(2条)と定めており,長距離トラック運転手について「特別の定め」はないから,文言上,長距離トラック運転手にも適用されるものとなっている。そして,本件就業規則等の内容は,労基法に反する部分があるともうかがわれず,所定の労働条件は,長距離トラック運転手である労働者に適用しても不利益をもたらすものとは解されない。そうすると,本件就業規則等は,長距離トラック運転手にも適用される就業規則であって合理的な労働条件を定めるものであるから,XとY社が本件就業規則等とは異なる労働条件を合意したものと認められない限り,本件労働契約の内容となるものであり,したがって,Xには本件賃金規程の定める日給月給制が適用されるというべきである。
 この点,Yらは,本件就業規則等の作成当時,Y社は長距離トラック運送業を行っておらず,土木作業員の固定給が想定されていたため,賃金算定の前提となる始業・終業時刻や休日の定めが労働実態と合わず,賃金算定の方法も現実とかい離しているから,「合理的な労働条件が定められている就業規則」とはいえないと主張する。しかし,本件就業規則等の定める労働条件が合理的なものといえることは上記のとおりであり,就労や賃金支払の実態とかい離しているからといって,就業規則としての合理性が失われるわけではない。そもそも,就業規則の契約内容規律効を認める前提として,合理的な労働条件であることが求められる趣旨は,就業規則が,労働契約は労使の対等な立場における合意に基づいて締結及び変更されるとする原則(労契法3条1項)によらず労働者を拘束するものであるため,その拘束力を制限して労働者の権利を保護することにあり,個別の合意によることなく労働者の労働条件を規律すべく,就業規則を定めた使用者において,労働者との個別の合意がないにもかかわらず,就業規則が合理的な労働条件ではないことを理由として,自らその拘束力を否定するのは禁反言の法理に反するというべきである(民法1条2項)。したがって,Xにおいて,日給月給制を定める賃金規程が合理的な労働条件であることを否定せず,自らに適用されると主張する場合,Yらにおいて,Xへの本件賃金規程の適用を否定することは許されない。
 イ 前記アのとおりXには本件就業規則等が適用されるから,仮にYらが主張するように,本件就業規則等と異なる労働条件の合意が存したとしても,その内容が本件就業規則等よりもXに有利なものでない限り,当該合意は無効である(労契法12条)。そして,Yら主張の出来高払制が本件就業規則等よりもXに有利なものであることを認めるに足りる証拠はない(Yら主張の出来高払制では,各日に担当する運送業務の総労働時間に対する賃金は路線単価によって支払済みとされ,基礎賃金の0.25倍の時間外割増賃金(労基則19条1項6号)等の支払の有無が問題となるのみである。他方,本件賃金規程では,1.25以上の割増率が定められており,Yら主張の出来高払制よりも労働者に有利なものといえる。)。したがって,仮にYらが主張するような本件就業規則等と異なる労働条件の合意があったとしても,就業規則の最低基準効に反して無効であるといわざるを得ない。」

「Yらは,XとY社との間で本件各賃金控除の合意があったと主張するところ,そのような賃金全額払の原則(労基法24条)の例外となる合意が有効であると認められるためには,労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要となる(最高裁昭和48年1月19日第2小法廷判決・民集27巻1号27頁)。」

「ア 証拠《略》及び弁論の全趣旨によれば,次のとおり,Xの主張…に係る事実を認めることができる(…)。
(ア) …Xは,大分に配送をしたが,その帰路に温泉に立ち寄ったため,帰社が遅れた。
(イ) Y3は,Xの帰社が遅れたことに腹を立て,Xの頭頂部及び前髪を刈り,落ち武者風の髪形にした上,洗車用スポンジでXの頭部を洗髪し,最終的にXを丸刈りにした。
 (ウ) 引き続いて,Xは,他のY社従業員から,下着姿にさせられた上,洗車用の高圧洗浄機を至近距離から身体に向けて噴射され,洗車用ブラシで身体を洗われたが,この様子をY3はその場で黙認し,制止しなかった。」
「ウ 前記ア(イ)のY3の行為は,Xに対する暴行及びXの人格権を侵害する行為であることは明らかである。前記ア(ウ)の従業員のXに対する行為も,Xに対する暴行及びXの人格権を侵害する行為であるところ,この行為は前記ア(ア),(イ)の経緯に引き続いてされたものであるから,Y3の暗黙の指示に基づくものと推認でき,仮にそうでないとしても,Y3としては,事実上の取締役として,社内においてXに対する侵害行為がされるのを制止すべき義務を負っていたのに,これを懈怠したものであることは明らかである。したがって,Y3は,民法709条に基づき,前記ア(イ),(ウ)の事実によりXが受けた精神的苦痛について不法行為責任を負う。
 また,…Y3は事実上の代表取締役であると認められ,前記のY3の行為は,Xの帰社が遅れたことに対する制裁としてされたもの,すなわち事実上の代表取締役としての職務を行うについてされたものであるから,Y社は,会社法350条の類推適用により,前記(イ),(ウ)の事実によりXが受けた精神的苦痛について賠償責任を負う。」

「Y3の「社員旅行打上げ」と題するブログには,半裸になったXが花火の発射を受けながら川に向かって走り,川の中に入り,肩まで水につかりながら歩く等の一連の様子が鮮明に撮影された写真が8葉掲載されており,撮影者は予めXに花火が発射されたり,Xが川に入ったりすることを知っていたこと,すなわちXの行動が指示に基づく予定されたものであったことをうかがわせるものになっている。そして,…複数の従業員らが一斉に花火の発射及び投石を行い,これをあえて制止するものは特になかったことが認められるが,このような事態が偶発的に生じたとは考えにくく,やはり指示に基づくことがうかがわれるというべきである。」
「従業員らのXに対する行為は,Xに対する暴行及びXの人格権を侵害する行為であるから,これを指示したY3は,民法709条に基づき,前記の従業員らの行為によりXが受けた身体的,精神的苦痛について不法行為責任を負う。
 また,上記Y3の行為は,社員旅行という会社の行事に際して行われたもの,すなわち事実上の代表取締役としての職務を行うについてされたものであるから,Y社は,会社法350条の類推適用により,前記のXが受けた身体的,精神的苦痛について賠償責任を負う。」

「Xは,本件失踪…の後に復職を認めてもらおうとしてY社に戻った際,P2常務に指示されて,社屋入口前で,Y3が出社して来るまで土下座をし続け,出社してきたY3はこれを一瞥したが土下座を止めさせることはなく,Xはその後も数時間にわたり土下座を続けていたことが認められ,したがってXの主張に係る事実は概ね認められるといえる。」
「Y3名義の…ブログには,Y社の看板が掲げられた社屋入口の前で土下座するXを正面から撮影した写真が2葉掲載されているが,Xが自らP2常務に向けて謝るつもりで土下座をしたものであれば,土下座は偶発的にP2常務又はY3に向けてされるはずであり,このような写真が撮影される機会はなかったはずである。にもかかわらず,このような写真が存するということは,予め指示があったことを裏付けるものといえる。そうすると,Xが自発的に土下座をしたとの…各証拠はにわかに採用できないといわざるを得ない。」
「ウ 従業員が数時間にわたり社屋入口で土下座をし続けるという行為は,およそ当人の自発的な意思によってされることは考えにくい行為であり,Y3としても,Xが強制されて土下座をしていることは当然認識し得たものと認められる。にもかかわらず,…Y3は制止することなくXに土下座を続けさせたのであるから,XはY3の指示で土下座させられたのと同視できるというべきである。したがって,Y3は,民法709条に基づき,土下座させられたことによりXが受けた身体的,精神的苦痛について不法行為責任を負う。
 また,上記Y3の行為は,XのY社での就労再開に関して行われたもの,すなわち事実上の代表取締役としての職務を行うについてされたものであるから,Y社は,会社法350条の類推適用により,前記のXが受けた身体的,精神的苦痛について賠償責任を負う。」

「(ア) Y3名義のブログには,前記…認定の記載及び写真が掲載されており,その中にはXが同僚の従業員からいじめ行為を受けたり土下座したりしている写真や,…Xを侮辱するような表現が含まれていた。」
「イ 前記…の認定によれば,Y3名義のブログ記事は,これが他人から閲覧されればXの名誉を棄損する内容であり,前記…のXに関する記事が掲載されることによって,Xの名誉を棄損するものであると認められる。そして,前記…のとおりY3は従業員に対する名誉毀損行為を防止すべき義務を負っていたといえるから,ブログ記事の掲載を放置したことについて,民法709条に基づき不法行為責任を負う。
 また,Y3は事実上の代表取締役であると認められるから,Y社は,会社法350条に基づき,Y3が職務を行うについて与えた精神的苦痛を賠償すべき責任を負う。」

「労働者は,労働契約上の義務として,具体的に指示された業務を履行しないことによって使用者に生じる損害を,回避ないし減少させる措置をとる義務を負うと解される。
 そして,…Xは路線①及び②の運送業務を具体的に指示されたにもかかわらず,トラック内に退職する旨の書置きを残したのみで無断欠勤し,前記運送業務を履行しなかったものであるが,これは前記の使用者に生じる損害を,回避ないし減少させる措置をとる義務に違反する行為であり,これにより,…Y社に…損害が生じたものである。
 Xは,Y社における過重労働やパワハラに耐えかね,緊急避難的に本件失踪…に及んだものであるから,不法行為責任を負わないと主張するが,事前に退職の意思を伝えることができないほどの緊急性があったとはいえないから,Xの責任は否定されないし,Xの賠償責任を信義則上制限すべき事情があるともいえない。
 以上のとおりであるから,Xは,Y社に対し,民法709条に基づき,…損害金を支払うべき義務を負う。」