食品会社A社(障害者雇用枠採用社員)事件-札幌地判 令元・6・19 労働判例1209号64頁

【事案】
 Kが自殺した原因は,Kの上司の発言及びYがKの要望に応じて業務量を増加させなかったことなどにより,極度に強い心理的負荷を与えられたKがうつ病の程度を悪化させたことにあるとして,Kの母であるX1が,KのYに対する損害賠償請求権(主位的には不法行為〔使用者責任〕に基づくもの,予備的には安全配慮義務違反を根拠とする債務不履行に基づくもの)を相続したこと,また,X1及びKの妹であるX2がKの死亡によって精神的苦痛を受けたことを理由として,Yに対し,Kの損害賠償請求権の相続を伴う損害を含むKのX1の損害及びX2の損害等の支払を求めたもの。

【判断】
「ア 使用者には,労働契約に伴い,労働者がその生命,身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をすべきことが求められているところ(労働契約法5条),Kのようにうつ病を発病している者は,心身的負荷に対する脆弱性が高まっており,ささいな心理的負荷にも過大に反応する傾向があること(…),Dは,KがYに雇用される前の時点において,Kがうつ病にり患していることを認識していたこと(…)からすれば,一貫してKの上司であったD(…)には,Kに対する安全配慮義務の一内容として,業務上,Kがうつ病にり患している者であることを前提に,そのようなKに対して心理的負荷を与える言動をしないようにすべき注意義務を負っていたというべきである。
 イ Kは,…Dに対し,泣きながら業務量が少なくて辛く,このままでは病気が再発してしまいそうであると述べ,YがKを雇用する必要がないのではないかとも告げた上で,業務量に関してDに相談を持ち掛けたのであり(…),Kは,業務量の少なさゆえに自らのYにおける存在価値に疑問を感じていて,このままではうつ病の程度が悪化しかねない程度に思い悩んでいたことをDに相談したということができ,また,これを聞いたDにおいても,当然上記のようなKの悩みは認識できたと認められる。
 それにもかかわらず,Dは,Kを雇用した理由として,障害者雇用率の達成という点を挙げる本件発言をしたのであり,このことは,Kがうつ病にり患している障害者であることがその雇用理由である(少なくともその理由の一つである)と説明するに等しく,本件発言は,上司であるDに対して泣いて訴えるほどに,Yにおける自分の存在価値について思い悩んでいたKに対する配慮を欠き,Kに心理的負荷を与えるものであったといえる。
 ウ(ア) これに対し,Yは,Dは,Kに対し,装置技術係がKのおかげで助かっていると告げたものの,Kがそのことに納得していなかったことから,Kのうつ病特有の自己否定感の感情を緩解させるために,正直に全てを話そうと考えて,本件発言をした旨主張し,Dもこれに沿う供述をする(証人D)。
 しかしながら,仮に,Dが供述するように,Kのおかげで装置技術係が助かっていると伝えたにもかかわらず,Kがこれに納得していなかった(証人D)とすれば,自らが装置技術係に貢献できているとは考えられないでいたKに対し,障害者雇用率の達成も雇用理由の一つであるとの説明をしたところで,KのYにおける存在価値がないのではないかとの悩みの軽減又は解消につながるとは考え難く,かえって,自己評価及び自信の低下並びに無価値観(…)といったうつ病に伴う感情に悪影響を与えるものであるといえるし(現に,Kは,本件発言の約2か月半後の時点において,本件発言のことを気に病んでいる〔…〕。),うつ病についても,特段の専門的知見を有していないDにおいても,組織における自らの存在価値に疑問を感じ,精神状態が不安定になっている者に対して,組織におけるある数値目標の達成も雇用理由の一つであると告げることが,その疑問の軽減又は解消に役立たないばかりか,本人の存在価値の否定につながりかねないことは認識可能であったといえる。
  (イ) また,Yは,本件発言が,Kが「苦手」であると感じる春先,すなわち,気分が急激に落ち込み,無価値観を抱き,悲観的思考に陥っていた時期にされたために,Kが本件発言を悲観的に捉えたにすぎず,Kに対して心理的負荷を与える程度に重大な発言であったとはいえないと主張する。
 確かに,Kは,…本件工場における業務について肯定的で,自身も前向きに業務に対応していたものの(…),…J1に対し,春先が苦手である旨のメールを送信するとともに(…),Kを…診察したG1医師は,…Kがうつ状態であると診断していた(…)。
 しかしながら,Kは,G1に対し,本件発言の前…には,仕事は順調であると述べていたが,本件発言の…後…には何もすることがなく,なぜ生きているのかを仕事中に考えるようになった旨述べており(…),Kの様子は,本件発言前後で明らかに変化していることからすると,本件発言は,Kに心理的負荷を与えるものであったと認められ,Yの上記主張は採用できない。
 エ 以上によれば,Dは,Kの相談内容から,Kが無価値感を感じ,悲観的思考に陥っていたことを認識し,かつ,本件発言が,そのような状態にあるKに悪影響を与えることを認識し得たのに,本件発言をしたというのであるから,Dには上記アの注意義務違反があったと認められる。」

「ア 一般に,使用者側は,雇用する労働者の配置及び業務の割当て等について,業務上の合理性に基づく裁量権を有すると解されるが,労働者に労務提供の意思及び能力があるにもかかわらず,使用者が業務を与えず,又は,その地位,能力及び経験に照らして,これとかけ離れた程度の低い業務にしか従事させない状態を継続させることは,業務上の合理性があるのでなければ許されない。そして,上記の状態の継続は,当該労働者に対し,自らが使用者から必要とされていないという無力感を与え,他の労働者との関係においても劣等感や恥辱感を生じさせる危険性が高いといえ,上記の状態に置かれた期間及び具体的な状況等次第で,労働者に心理的負荷を与えることは十分あり得るところである。
 この点について,…Dは,KがYに雇用される前の時点において,Kがうつ病にり患していることを認識していたところ,使用者には,障害者基本法上,個々の障害者の特性に応じた適正な雇用管理が求められていること(〈証拠略〉),精神障害を有する者は,ささいな心理的負荷にも過大に反応する傾向があること(…)を踏まえると,一貫してKの上司であったDには,Kに対する安全配慮義務の一内容として,Kから業務量に関する申出があった場合には,現在の業務量による心理的負荷があるか,あるとしてどの程度のものかなどを検討し,業務上の合理性に基づく裁量判断を経て,対応可能な範囲で当該申出に対応し,対応が可能であれば,そのことをKに説明すべき義務を負っていたというべきである。」

「Dの対応が使用者側の有する業務上の合理性に基づく裁量の範囲を逸脱するものであるか否かを検討すると,Dは,…Kから業務量が少ないとの申出を受け,その日のうちにJ1に連絡を取った上,業務量を増やすことを検討することとし(…),数日以内にもJ1も交えた本件面談を実施し,その際,業務量増加を検討していることやその内容についてKに説明すると,Kも,Dの対応に喜んでいた上,退職せずに済みそうで,また頑張ると前向きな発言をしている(…)。その後,Kは,…J1に対し,仕事をもらえており,手が空くことが少なくなった旨報告するとともに(…),…従前の担当業務に加えて,新たに生産管理班の業務も担当するようにもなり,Kも,少なくとも…Dの対応によって仕事が増えたと認識している(…)。
 これによれば,Dは,Kから業務量が少ないと申出を受け,これを放置することなく,速やかに,具体的な解決策を検討し,実際に実行していたといえる。」

「本件発言は,DとKの2人だけの場においてされたものであって(…),DがKに対して本件発言をしたことが周囲に認識されたわけでもなく,このような発言が繰り返されたわけでもない。
 また,Dは,本件発言後の本件面談において,Kに対して業務量の増加を検討すると説明し,Kは,そのことを受け,喜び,また,その数日後には,仕事がもらえ,手が空くことが少なくなったと認識していることからすれば(…),Kは,本件発言によって心理的負荷を受けたものの,以降その状態が継続したと認めることはできない。」

「本件発言によって,Kがうつ病の程度を悪化させ,それによって自殺したとは認められない。」