キムラフーズ事件‐福岡地判 平31・4・15 労働経済判例速報2385号18頁

【事案】
 賃金を減額されたXが,Yに対し,当該賃金減額は労契法8条に違反し,また,Yの給与決定に関する裁量権を逸脱したものであるから無効である等と主張して,賃金の減額の無効等を確認したもの。

【判断】
「賃金の減額は,労働者にとって最も重要な労働条件の一つである賃金を不利益に変更するものであるから,労働者との同意によるか就業規則や給与規程上の明確な根拠に基づいて行われることが必要であり,使用者の一方的な行為によってこれを行うことは許されないというべきである。
 …本件賃金減額は,Xの同意なくされたものであることが認められ,また,Yの就業規則(書証略)及び給与規程(書証略)には,懲戒処分としての減給の定めがあるほかは,降格や減給についての規定はなく,本件賃金減額は懲戒処分としてなされたものではないから,本件賃金減額は,就業規則等に基づく処分や変更としてなされたものであるとも認められない。
 そうすると,本件賃金減額は,Xの同意もないまま,就業規則等の明確な根拠もなく行われたものであるといえる。
 この点,Yは,本件賃金減額の理由として,給与規程によれば,従業員の基本給は,職能給と年齢給で構成され,職能給は,社員の職務遂行能力を評価して決定するとされているところ,Xの職務遂行能力は著しく低いこと,職務手当は部下の管理指導の職務を担当する者に対して,職責に応じて支給するとされ,その金額は担当部署及び管理能力を評価し決定するとされているところ,Xに部下はいないこと,調整手当は,基本給に付加する必要がある者に対して支給するとされているところ,職務遂行能力の低いXはこれに該当しないことを主張する。しかし,Xは,上記給与規程の存在下で,Yとの間で,給与の基本給,職務手当及び調整手当の額について,個別的な合意をしているから,給与規程上の各手当についての上記定めを根拠にこれらを一方的に減額することはできないし,その点を措いたとしても,上記各手当に関する定めは,いずれも抽象的な定義又は算定要素を定めるにすぎず,算定方式等について具体的に定めるものではないから,上記給与規程の定めをもって,労働者の同意なく,賃金減額を許容する根拠になるとは認められない。加えて,YがXの職務遂行能力についていう点については,Y代表者の供述によっても,Yにおいては,本件賃金減額を除くと,一定の基準や手順を定めた査定等により各従業員の職務遂行能力を評価してそれぞれの基本給を決定しているとは認められないうえ,Yが本件賃金減額の根拠とするXの評価も,給与規程に定める職務遂行能力を判断するための制度として,具体的な判断基準や金額幅を定めた査定を行ったうえで得られたものであるとは認められないことに鑑みると,YのいうXの評価により,Xの賃金を減額することは,やはり就業規則等の明確な根拠を欠くものとして許されないというべきである。
 また,Yは,Xが,前件和解において,給与額に見合った労務を提供するよう努めることを約束したが,未だにYの戦力となっておらず,正社員としての労務提供が見込めないことや,Xの賃金が他の正社員よりも高額であることなども,本件賃金減額の理由として主張するが,上記事情は,労働者の同意なく賃金を減額する根拠とはならず,Yの主張は採用できない。
 以上によれば,本件賃金減額は無効であるといわざるを得ない。」

「本件確定後の将来請求分については,本件賃金減額が2回目の賃金減額であり,前件賃金減額に係る前件訴訟における和解成立からわずか半年余り後に行われたものであることや,Y代表者が,本件訴訟の尋問において,たとえXの給料を元に戻すという判決が出ても,また減額する旨供述していることを考慮すると,今後もこのような賃金減額を継続する蓋然性はあると認められるから,あらかじめその請求をする必要があり,適法であると認める。
 (3) さらに,Xは,Xの基本給として月額…円,職務手当として月額…円及び調整手当として月額…円の支給を受ける権利を有する地位にあることの確認を求めている。確認の訴えは,特に確認の利益がある場合に限って許されるところ,確認の利益は,判決をもって,法律関係の存否を確定することが,その法律関係に関する法律上の紛争を解決し,当事者の法律上の地位の不安,危険を除去するために有効かつ適切である場合に認められるものである。本件においては,前記のとおり,Xの賃金減額の無効を前提として賃金の差額の支払を求める給付訴訟が併せて提起されているが,前記認定の従前の経過やY代表者の態度に鑑みると,Yが,今後も減額の内訳の変更も含めて賃金減額を繰り返す蓋然性が相当程度あり,本件賃金減額に係る給付請求が差額分の支払を求めるに止まっていることを勘案すると,一定の賃金(その内訳を含めて)の支払を受ける労働契約上の地位を確定することは,継続的契約関係である労働契約における本件賃金減額に係る紛争を解決する方法として有効適切であるといえるから,上記確認の訴えの利益はあるというべきである。
 よって,本件訴えは適法というべきであり,前記認定によれば,上記確認の訴えはこれを認めることができる。」

「(5)ア(ア) Xの主張するY代表者のパワハラ行為のうち,…Xのミスを怒鳴って,肘でXの胸を突いた行為(サ),…Xの背中を叩いた行為(ヌ),同月…のXの背中を叩いた行為(ノ)は,いずれもXの身体に対する暴行であり,…Y代表者がこれらの行為に及ぶ必要性があったとは認められないから,Xに対する違法な攻撃として,不法行為に該当する。
 (イ) 次に,Y代表者の発言や言動のうち,アの「私はあなたのことを全く信用していない」,「給料に見合う仕事ができていないと判断したら給料を減額する」,「私を無視し続けるということは,会社をないがしろにしていると判断して,あなたを解雇することもできる。」等の発言,キの「遅い,急げ,給料を下げるぞ!」と怒鳴るなどした行為,クの「給料分の仕事をしていない」旨告げて,このままの状態が続けば給料を下げる旨告げた行為,セのXに対し役に立たないと言って,芋切りをするよう怒鳴るなどした行為,ソの作業現場において「いつまでたっても進歩がない。いよいよできなければ辞めてもらうしかない。」と怒鳴った行為,タのXにベテラン従業員の作業を記帳するよう指示し,記帳したとおりの作業ができなければ辞めてもらう旨告げた行為,ツの不手際を謝罪したXに対する「27万円の給料を貰っている者の仕事ではない」「これが裁判までやって給料を守った者の仕事か」「給料を下げて下さいと言え」「もうこの仕事はできませんと言え。そうすればお前をクビにして,新しい人間を雇う。」等の発言,テの金時豆が黒くなった件について「蜜の代金をお前が払え,始末書も書け」等と怒鳴った行為,ニの「教えてもらっていないから分からない,私の責任ではないというのは向上心がない。女より悪い。女の従業員もそんな言い訳はしない。」等の発言や,…Xの背中を叩いた際に,叩かないで欲しい旨言ったXに対し,嫌なら辞めろと言ったり(ノ),他の従業員の面前で,Xは嘘をついているので背中を殴られて当然である旨や今後も作業が遅いなら給料を減額する旨言ったりした(ハ)行為,ヒの給与の減額を告げた際の「私とあなたのゲームのようなものだ。ずっと続ける,裁判でも何でもどうぞ。」の発言や,ホの他の従業員の前でXに対し「遅い,アルバイトの作業と違うだろ」等と怒鳴ったりした行為並びにウ及びエのXを指導していたBに対し,Xにはトイレ休憩以外は休憩をとらせないよう指示したりした行為については,もはや業務指導の範囲を超えて,Xの名誉感情を害する侮辱的な言辞や威圧的な言動を繰り返したものといわざるを得ず,Xの人格権を侵害する不法行為に当たるというべきである。」

「(1) 賞与が具体的な請求権として発生するためには,賞与の具体的な支給額又は支給要件が労働契約,就業規則及び労使慣行等で定められており,かつ,その要件が具備されていることを要し,その要件として使用者の査定その他の決定を要することが定められているときは,別途,これに代わる労使間の合意又は労使慣行がない限り,その査定その他の決定がされていることを要するというべきである(最高裁平成17年(受)第2044号同19年12月28日第3小法廷判決・裁判集民事226号539頁,最高裁平成25年(受)第1344号同27年3月5日第1小法廷判決・判例タイムズ1416号64頁参照)。」
「Yにおいては,賞与の支給について,一定の査定期間内のYの業績及び従業員の勤務成績等を勘案したYの査定に委ねられており,支給期ごとに,上記要素を勘案して,具体的な金額が決定されていたことが認められ,賞与支給率が毎年固定されていたとか,全従業員に対し一律の支給率で算定された賞与額が支給される労使慣行がったとは認められない。
 …Xが,Yに対し,他の従業員の平均的水準の賞与として,Xの賞与算定基礎額に他の正社員の平均賞与支給率を乗じた額の賞与の支給を受ける具体的権利を有しているとは認めることはできないから,…支給された賞与額が,上記平均賞与支給率により算定された賞与の額よりも低いことをもって,Xの賞与の支払請求権が侵害されたということはできないというべきである。
 (2) もっとも,賞与の支給及び算定が使用者の査定等を含む裁量にゆだねられていても,使用者はその決定権限を公正に行使すべきであり,裁量権を濫用することは許されず,使用者が公正に決定権限を行使することに対する労働者の期待は法的に保護されるべきであるから,使用者が正当な理由なく査定その他の決定を怠り,又は裁量権を濫用して労働者に不利な査定その他の決定をしたときは,労働者の期待権を侵害するものとして不法行為が成立し,労働者は損害賠償請求ができるというべきである。」
「…製造部門に移動後のXの勤務成績やYに対する貢献度は他の従業員と比べて必ずしも芳しくなかったことが認められる。
 しかし,他方で,Xが製造部門に配転されてからそれほど期間が経過していないことに加え,配転前の営業担当時期のXに特段の問題行動や失敗がいあったことはうかがわれず,…上記配転がYの経営判断として行われたことを考慮すると,Xの賞与を査定するに当たって,配転先の業務における作業の速度や成果等の勤務成績を大きく考慮することは,査定における公平を失するといわざるを得ない。そして,Yが賞与の減額要素として主張する事情のうち,Yの業績が良くなかったという事情については,他の正社員についても共通の事情であること,Xの勤務成績についても,前記のとおり作業速度や成果の点においても芳しくないとしても,XにYやその従業員に大きな損害を与えるような事故や失敗があったことは認められないことなども考慮すると,他方で,Xの給与及び賞与等を併せた年収額が,本件賃金減額及び本件賞与減額後においてもなおYにおける他の正社員の各年収を上回っているというYにおける従業員全体の賃金の実情があること(書証略)を斟酌しても,本件賞与減額のうち,少なくともXが…以前に支給された賞与の最低額の2分の1を下回り,かつ…他の正社員の賞与支給率のうち最低の支給率をも下回った…賞与の査定については,これを正当化する事由を見出しがたいというべきである。
 加えて,…Y代表者が,Xの賃金額等に強い不満を抱き,2回に亘ってXの賃金を減額し,暴言等のパワハラ行為を繰り返していることやその発言内容等も併せ考慮すると,Y代表者が,Xの…賞与の査定に当たり,公正な査定を行わず,恣意的にこれを減額した意図も推認される。
 以上によれば,Yは,…Xの賞与については,裁量権を濫用して,これを殊更に減額する不公正な査定を行ったことが認められ,これは,Yが査定権限を公正に行使することに対するXの期待権を侵害したものとして不法行為が成立するというべきである。」