医療法人財団健和会事件‐東京地判 平21・10・15 労働判例999号54頁

【事案】
 Xが、試用期間中の採用取り消しは無効であるとして、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認等、職場でパワハラ及びいじめを受け、さらに違法な退職強要等を受けたために精神疾患に罹患したとして、慰謝料等の支払等を求めたもの。

【判断】
「Xは、第1回面接において、・・・Aから厳しく指摘され、第2回面接までの間に、入力についてはその都度3回の見直しをするなどの注意を払うようになったため、少なくとも入力についてのミスが指摘されることはなくなり、周りの職員に対する気配りも一定程度するようになるなど、業務態度等に相当程度の改善が見られた。第2回面接においては、上記改善が確認されたものの、Xについては、未だ入力内容を常勤職員が点検している段階で、ほぼ同時期に入職した派遣事務のDと比較して仕事内容に広がりが生じていることや、5月以後に受診者が増えたときに健康管理室の業務に対応できないおそれがあるなど、未だYが常勤事務職員として要求する水準に達していないとして、Aから、この点が厳しく指摘された。そして、Xは、一度は退職する意向を示したものの、・・・本件面談の結果、退職せずに、引き続き試用期間中は、健康管理室で勤務し、その間のXの勤務状況を見て、Yの要求する常勤事務職員の水準に達するかどうかを見極めることになった。
 しかるに、Yは、上記の経緯があるにもかかわらず、・・・H事務長及びEからそれまでの事実経過等を聴取したにとどまり、直属の上司であるAからXの勤務態度、勤務成績、勤務状況、執務の改善状況及び今後の改善の見込み等を直接聴取することもなく、また、勤務状況等が改善傾向にあり、Xの努力如何によっては、残りの試用期間を勤務することによってYの要求する常勤事務職員の水準に達する可能性もあるのに、さらに、・・・Xから、・・・Y理事長に宛てて退職強要や劣悪な労働環境を訴えた手紙が送付され、次いで、・・・全日本民主医療機関連合会長その他に宛てて、Yのパワハラ等を訴える手紙が送付されたのであるから、YからXに対し、これらの手紙の内容が誤解であるならばその旨真摯に誤解を解くなどの努力を行い、その上で職務復帰を命じ、それでも職務に復帰しないとか、復帰してもやはりYの要求する常勤事務職員の水準に達しないというのであれば、その時点で採用を取り消すとするのが前記経緯に照らしても相当であったというべきであり、加えて、第2回面接があった・・・時点ではA及びEのいずれもXを退職させるとは全く考えていなかったこと(〈人証略〉)も併せ考えれば、試用期間満了まで20日間程度を残す・・・時点において、事務能力の欠如により常勤事務としての適性に欠けると判断して本件解雇をしたことは、解雇すべき時期の選択を誤ったものというべく、試用期間中の本採用拒否としては、客観的に合理的理由を有し社会通念上相当であるとまでは認められず、無効というべきである。」

「Xは、Yが健康管理室において、必要な指導・教育を行わないまま職場に就かせ、業務上の間違いを誘発させたにもかかわらず、あげてXの責任として叱責した旨主張する。しかしながら、・・・Xの業務遂行についてYによる教育・指導が不十分であったということはできず、・・・Xの事務処理上のミスや事務の不手際は、いずれも、正確性を要請される医療機関においては見過ごせないものであり、これに対するA又はBによる都度の注意・指導は、必要かつ的確なものというほかない。そして、一般に医療事故は単純ミスがその原因の大きな部分を占めることは顕著な事実であり、そのため、Aが、Xを責任ある常勤スタッフとして育てるため、単純ミスを繰り返すXに対して、時には厳しい指摘・指導や物言いをしたことが窺われるが、それは生命・健康を預かる職場の管理職が医療現場において当然になすべき業務上の指示の範囲内にとどまるものであり、到底違法ということはできない。
 次に、Xは、・・・Xを無視して職場で孤立させるなどの謂れなき職場のいじめが始まり、日常的・継続的に繰り返された旨主張し、証拠(〈証拠略〉、X本人)中には同主張に沿う部分がある。しかし、・・・第1回面接においてAからXに対して他のスタッフと和気あいあいとやってくれているのとの評価がされていること、Xが、Dから、第1回面接のあった・・・日に病歴室で長い間励まされたことや、・・・日にも励まされたことは、Xが証拠(〈証拠略〉)中において自認するところであることからすれば、Xを無視して職場で孤立させるようなことが行われていたと認定するのは困難であり、X主張に沿う前掲証拠部分は、反対証拠(〈証拠・人証略〉)に照らし措信しがたく、他にXの主張を認めるに足りる証拠はない。
 次に、Xは、・・・A又はBが意図的にXの机に鍵をかけた旨主張する。たしかに、Xのメモが入っていた机の鍵がかかった経緯については、Aはその尋問において、Bの机に鍵がかかったので解錠するために合い鍵の束を持ってきて、各机毎に鍵を確認した旨証言するが、Bの机の鍵を開けるのであれば、合い鍵の束から一つずつBの机に合う鍵であるか否かを確認すれば足り、あえてXの机に合う鍵かを確認する必要はないのであって、不自然な間を否めない。しかし、机の中にXのメモが入っていることを知っているA又はBが故意に鍵をかけることによって、Xがメモを見ることができずに仕事が停滞してしまうと、かえってXの仕事を点検しなければならないA又はBの事務負担が増えてしまうのであるから、あえてかかる嫌がらせをするとは想定し難いこと、また、Xに机の中のメモを見せないというだけのために、机の鍵をあえて紛失させて、その後に合い鍵を発注したり、健康管理室の職員全員で鍵を探したりまでするようなことをしたとは考え難いことから、A又はBが意図的にXの机の引き出しに鍵をかけたとすることには多大な疑問がある。仮に、Aが、第1回面接において、Xに対し、メモは自宅で復習し自らの課題を確認することを指示したにもかかわらず、Xがメモを健康管理室の机に入れたまま帰宅して同指示に従っていないことに対する制裁として、Xの机の鍵をかけたとの事実があったとしても、・・・Aは、Xに対し、机の中に貴重品は入っているかを尋ねたところ、メモが入っているが貴重品は入っていないとのことであり、それ以上に、Xから錠前屋を呼ぶようにとの要請もなかったこと、その後、Xは自ら作成したメモを見ずとも、入力ミスを指摘されることもなく業務を遂行していることからすれば、不法行為を構成するほどの違法性があるとまではいえない。
 また、Xは、第1回面接及び第2回面接において退職強要がされた旨主張するが、・・・いずれの面接も、その内容は、面接までの間のXの勤務態度及び勤務成績等に対するAの評価がされ(Aの評価は厳しいものではあるけれども、・・・Xの勤務状況等に対する評価としては、合理性を有するものということができる。)、それを踏まえてXにさらに頑張るよう伝える内容のものであったことは明らかであり、加えて、A及びEは各面接においてXを退職させる意思も権限も有していなかったのであるから(〈人証略〉)、上記各面接においてA及びEがXに対して退職強要をしたとの事実は、これを認めることはできない。
 さらに、Xは、・・・職場でのパワハラが続けられた旨主張する。たしかに、Aが、・・・昼の休憩時間の食事中に、・・・とおりの発言をした事実が認められるが、Aが同発言をした前後の経緯が何ら明らかでないために、同発言だけをもってXに対するパワハラと認定するには無理があるばかりか、同発言はAの経験に基づいた意見を述べているに過ぎないのであって、Xを非難するような内容のものとは解し難く、また、Aの第1回面接及び第2回面接並びに日常的な指導について、Xがこれを退職強要又はいじめ・冷遇と捉えていることに対して、Aが病院業務における職務の厳しさを諭す一例として話した可能性もあり、結局、Aの上記発言をもってXに対する不法行為と認定することはできない。
 以上検討したように、Yには、安全配慮義務違反及び不法行為を構成するようなパワハラ及びいじめ並びに違法な退職強要の事実は、いずれもこれを認めることができない。」