老齢基礎年金支給却下処分取消請求事件=大阪地判 平26・12・19 賃金と社会保障2017号19頁、大阪高判 平28・7・7 賃金と社会保障2017号24頁

【事案】
 Xが、社会保険庁長官に対し、厚生年金保険の保険給付及び国民年金の給付に係る時効の特例等に関する法律(時効特例法)に基づき、老齢基礎年金について時効特例給付の支払請求をしたところ、支払わない旨の決定を受けたことから、記録した事項の訂正を認めない処分は違法である旨主張して、Yに対し処分の取消しを求めるとともに、社会保険事務所の職員による誤った回答のために年金の裁定請求が遅れ、年金給付請求権が時効消滅したのであるから、Y(国)が消滅時効を主張することは信義則に反し許されないとして、年金等の支払を求めたもの。

【判断】
〔第1審〕
「時効特例法は、基礎年金番号に統合されていない記録が残っていることなど年金記録管理をめぐって国民の間に不安が広がっていることに鑑み、年金記録の訂正に伴う増額分の年金が時効により消滅して支給できなくなるという不利益を解消するために制定されたものである。」
「もっとも、単なる裁定請求の遅れなどによりその年金の支給を受けないまま年金給付請求権が消滅した場合のように、年金記録の訂正に関わらないものについては、時効特例法が年金記録問題の解決を図るために時効制度の趣旨を乗り越えて回復を図るという異例の立法措置であることに照らし、時効特例法による救済の対象とはならないというべきである。」
「Xの国民年金の被保険者期間は、本件統合処理前の、Xが65歳に達した・・・時点で25年を超え、Xは、受給資格を満たし、基本権たる年金受給権を取得していたものである。それにもかかわらず、Xが裁定請求手続をとらなかったため、本件請求年金に係る支分権が時効消滅することとなったものであり、その後、本件統合処理の後に裁定請求が行われ、・・・裁定が行われたものであるから、本件統合処理に伴い年金記録の訂正があったとしても、それによって受給資格を満たしていることが新たに判明したものではないし、裁定そのものの訂正を要することになったものでもなく、本件は、・・・時効特例法2条に規定する「国民年金法14条の規定により記録した事項の訂正がされた上で当該給付を受ける権利に係る裁定(裁定の訂正を含む。)が行われた場合」に当たらないというべきであり、本件裁定請求について、時効特例法附則2条により同法2条が準用されるべきものとは認められない。
 以上によれば、本件処分に違法な点はなく、本件処分の取消請求は、理由がない。」

「Xの主張によっても、Xが2回にわたり必要な手続書類や年金手帳等を持参して社会保険事務所を訪れ、応対した職員に対し、共済組合への加入状況等を説明し、老齢基礎年金の受給可能性について相談したものの、受給できないとの回答を受け、そのため、当時、Xは裁定請求手続に至らなかったというものにとどまり、仮に、その主張どおりの事実があったとしても、上記職員による具体的な対応内容までは明らかではないし、一担当者の過誤によって裁定請求手続ができなかったというものにすぎず、その事実をもって、国がXによる裁定請求権等の行使を積極的に妨げるような一方的かつ統一的な取扱いをし、その行使を著しく困難にさせた結果、これを消滅時効にかからせたものとまでは評価することができない。他に、消滅時効に係るYの主張が信義則に反し許されないことを基礎付ける特段の事情があることを認めるに足りる証拠はない。
 そうすると、本件請求年金の支払請求は、理由がない。」


〔控訴審〕
「Xは、受給資格を満たしていることが新たに判明した場合とは、客観的な受給資格の取得ではなく、受給権者と裁定者の認識をいうと解すべきである旨主張する。
 しかし、Xの主張するような解釈をとる根拠はなく、客観的な取得をいうのでなければ不合理である。客観的にみる限り、Xの国民年金の被保険者期間は、本件統合処理以前の、Xが65歳に達した・・・時点で25年を超え、Xは、受給資格を満たし、基本権たる年金受給権を取得していた。そうすると、本件統合処理によってXの年金記録の訂正があったとしても、そのことによって受給資格を満たしていることが新たに判明したとはいえないから、本件請求年金について、時効特例法の適用があるとはいえない。
 よって、本件処分に違法があるとはいえず、Xの本件処分の取消しを求める請求は理由がない。」

「仮に、共済組合の加入者も含めて、年金相談のために来訪した者について、相談者から職歴を聴取し、共済組合の加入歴を含め年金加入記録を確認することが業務取扱要領として想定されており、Xの年金相談に対して実際にそのような取扱いがされていたのであれば、Xが老齢基礎年金及び老齢厚生年金の受給資格を有していることが判明し、Xが裁定請求手続を行うことができた可能性が高い。
 しかし、XがA事務所に年金相談に行った事実が認められる一方、Xは「国民年金・厚生年金保険老齢給付裁定請求書」に何も書き込まず、その1枚目には大きな×が付けられ、老齢基礎年金の裁定請求がとられていない事実があることからは、XがA事務所職員から受給できない、手続はできないと言われたか、受給できると言われたが裁定請求手続を失念したかのどちらかしか考えられない。
 (書証略)には、・・・記録がないと言われ、帰れ(すなわち手続はできない)と言われたとの記載があり、その信用性が認められる。これに対し、Xが受給できると言われたが裁定請求手続を失念したことを推測させるような事実は何もない。」
「本件で問題となっている老齢基礎年金の支給を受ける権利についてみると、老齢基礎年金の制度は原則として強制加入であること、受給権者が長年にわたって負担してきた金員がその原資の一部となっていることからすれば、老齢基礎年金は、単なる受益的な給付とは異なり、受給権者にとっては強い権利性を有する性質のものであり、かつ、受給権者の老後の生活を支える極めて重要な給付であるということができる。また、年金制度は、生まれた年代や加入する制度、加入期間によって受給することができる年金が異なるなど複雑なものであるのに対し、少なくとも平成18年に年金記録問題が大々的に報道される以前においては、社会保険事務所に相談に訪れる加入者が年金制度について専門的知識を有していることはほとんどなく、社会保険事務所職員の対応が誤っている可能性を疑い、専門家に相談するなどの対応をとることは極めて困難であった。そのような状況の下では、社会保険事務所職員から年金の受給資格がないとの説明を受ければ、加入者がそのまま裁定請求手続を断念してしまうのも通常の対応であったというべきである。
 上記の年金制度の特質を踏まえると、受給権者が年金の受給手続を長期間行わなかったことの主たる原因が、受給手続を正しく教示すべき立場にある社会保険事務所のこれを妨げるような違法な行動に見られる場合にまで、国に消滅時効を理由として受給権者の請求権を否定することを認めるような結果は、そもそも会計法31条1項後段の想定しないところとも考えられる。」
「Xは、本件統合処理以前から、C市職員共済組合の被保険者記録が存在し、これだけで老齢基礎年金の受給資格を満たしていたから、本件統合処理という年金記録の訂正によって受給資格があることが判明した者には該当しない。これに対し、Xが、老齢基礎年金とともに平成20年4月30日に裁定請求をした老齢厚生年金については、本件統合処理により受給資格があることが判明したとして、時効特例法の適用を受け、時効特例法に基づく支払請求に対し支払がされた(書証略、弁論の全趣旨)。しかし、・・・Xは、平成8年及び9年にA事務所に赴き、年金を受給するための手続をしたい旨述べたにもかかわらず、応対したA事務所職員から、Xの記録がないと回答されたため、その当時裁定請求に至らなかったものである。したがって、単なる裁定請求の遅れによってその年金の支給を受けないまま年金給付請求権が時効消滅した者とは異なる。単に裁定請求が遅れた者と同じ扱いとすることはむしろ不平等である。」
「Xは、遅くとも平成8年8月頃までには65歳になれば老齢基礎年金の受給手続をとらなければならないことを認識し、平成8年及び平成9年に、必要書類を準備した上で複数回にわたりA事務所に赴き、老齢基礎年金の受給手続を行おうとしたが、いずれの場合にも、Xについて公的年金の記録がないとする社会保険事務所職員の違法な対応によってその権利を積極的に阻まれたものである。・・・A事務所職員のXに対する対応は、個々の担当者の認識不足や理解不足ではなく、A事務所において公的年金の加入記録を担当職員が正しく確認する方法が確立されていなかったこと(そうでないとしても、混在者の取扱いが徹底されていなかったこと)が原因であると考えられる。そうであれば、Xに対して、社会保険事務所が組織として統一的に違法な取扱いを続けたとみるほかない。なお、・・・Xがこれに対して裁定請求手続をすることや訴訟を検討することは、当時の状況では極めて困難というべきである。
 以上によれば、Xは、Xの重要な権利である本件請求年金について、社会保険事務所の一方的かつ統一的な違法な取扱いにより、その権利行使を阻まれ、これを消滅時効にかからせたという極めて例外的な場合に当たるから、本件請求年金について、国が消滅時効を主張することは信義則に反し、許されないというほかない。」