労働関係(その他)

August 31, 2016

「労契法4条は、「使用者は、労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について、労働者の理解を深めるようにするものとする」と規定し(1項。労働契約内容の理解促進の責務)、また「労働者及び使用者は、労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)について、できる限り書面により確認するものとする」と規定する(2項。書面確認の責務)。
 労契法4条は、労使の具体的権利義務を定めたものではなく、訓示規定にとどまり、それ自体としては法律効果を有しない。しかし同時に、4条は、労働条件の明示義務(労基15条)以上の規制を基礎づけるものと解される。すなわち、労働条件の明示義務は、労働条件の明示を義務づけるのみで、その内容の説明や情報提供を義務づける規定ではなく、また、労働契約締結時に課される義務にとどまり、契約の展開過程においては適用されない。しかし一方、労働契約の特性である労使間の交渉力・情報格差をふまえれば、使用者は、労働契約の様々な場面において、労働者に対し、労働条件・処遇について真摯に説明・情報提供を行うことが求められる(賃金引下げ、人事考課、人事異動、就業規則の変更、事業譲渡時の雇用承継手続、懲戒手続、解雇手続など)。この説明・情報提供の要請は、労働契約法の手続的規制として、労働契約の適正な運営を促進する規制(インセンティブ規制)の一翼を担う。
 労働契約内容の理解促進の責務(労契4条1項)は、信義則(労契3条4項)、権利濫用の禁止(同3条5項)及び合意原則(同3条1項・8条。労使間合意を経由する労働条件の決定・変更の場合)とともに、この手続的規制の実定法上の根拠となると解される。すなわち、労契法4条1項は、労働条件明示義務と異なり、労働契約締結時のみならず、労働契約の展開過程を広く適用対象とする。また、同条の趣旨は、労働条件に関する労働者の理解・認識を深めることで契約内容を明確化し、個別労働紛争を防止することにあり、この趣旨を踏まえれば、使用者が「労働契約内容の理解促進の責務」に反して十分な説明・情報提供を行わない場合は、個々の状況に応じて権利濫用と評価され(たとえば、人事考課・人事異動における人事権濫用)、あるいは労働条件変更の効果が生じないことがある(たとえば、労使間合意に基づく賃金の引下げ、事業譲渡時の雇用承継)と解すべきである。
 また、書面による確認規定(同4条2項)は、説明・情報提供時においても必須の要件ではない。しかし、たとえば、労働者が労働条件変更や人事異動について書面による説明を求めたにもかかわらず、使用者が合理的理由もなく応じない場合は、具体的状況に応じて権利濫用等の実体的効果が発生すると解すべきである。」
(土田道夫『労働契約法』193-194頁〔有斐閣,2008年〕)

「労働契約法8条は、「労働者及び使用者はその合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」と規定している。労働契約法の基本理念である合意原則(3条1項)を労働条件の変更について具体化した基本理念であり、同条の下では、労働条件変更合意は、以下の3つの要件に服するものと解される。
 合意原則の重要性を踏まえれば、労働条件変更合意は厳格に認定すべきであり、労働者の自由意思に基づいて行われたものと客観的に認められることを要する。労働者の同意は、明示の同意のみならず、黙示の同意でもよいが、①使用者が変更内容を明示・特定し、②変更の必要性や内容に関する十分は説明・情報提供を尽くし、③変更内容が複雑な場合は内容を書面化して申込みを行い、これに対して④労働者が変更内容を理解した上で同意したものと認められなければならない。②の説明・情報提供義務の根拠は、信義則(労契3条4項)及び労働契約内容の理解促進の責務(4条1項)に求められ(・・・)、その対象は、就業規則変更合意と同様、労働契約法10条が定める就業規則変更の合理性の判断要素に及ぶものと解される。こうして、労働条件変更合意に関する審査は、同合意が「労働者の自由意思に基づく同意」要件を充足したか否かに関する手続的審査が中心となる。」
(土田道夫『労働法概説〔第3版〕』243頁〔弘文堂,2014年〕)

「労働契約法9条が想定する労働者・使用者の合意(就業規則変更合意)は、個別労働契約の変更に関する合意ではなく、使用者が一方的に作成する就業規則に関する合意であり、しかも、労働条件の不利益変更に関する合意であることを考えると、その存在を厳格に認定する必要がある。すなわち、労働者の同意は、使用者による十分な説明・情報提供に基づき、労働者が変更内容を理解した上で、自由意思により同意したものと評価できることを要し、その点が否定されれば、合意の成立は否定される。使用者の説明・情報提供義務の根拠は、信義則(労契3条4項)及び労働契約内容の理解促進の責務(4条1項)に求められ、その対象は、10条が就業規則変更の合理性について掲げるすべての要素に及ぶものと解すべきである。」
(土田道夫『労働法概説〔第3版〕』237頁〔弘文堂,2014年〕)

「賃金は最も重要な労働条件(労働契約の要素)であるから、使用者による一方的引下げは許されず、労働者の同意を得る必要がある(合意原則〔労契8条〕)。また、単に労働者の同意を得ればよいというものではなく、合意原則の趣旨や、賃金減額が労働者の生活に及ぼす影響の大きさを考えると、労働者の同意は、その自由意思に基づいて行われたものと客観的に認められることを要し、その点が否定されれば、合意の成立は否定される。具体的には、使用者は、信義則(労契3条4項)及び労働契約内容の理解促進の責務(4条1項)に基づき、賃金引下げの必要性、変更後の内容、代償措置の有無等の変更内容について十分説明・情報提供を行う義務を負い、労働者が、変更の必要性や内容を正確に理解した上で同意したものと認められなければならない。労働者の同意は、明示のみならず、黙示の同意でもよいが、自由意思に基づく実質的同意として行われることを要するのである。」
(土田道夫『労働法概説〔第3版〕』93頁〔弘文堂,2014年〕)

「賃金の額が、雇用契約における最も重要な要素の一つであることは疑いがないところ、使用者に労働条件明示義務(労働基準法15条)及び労働契約の内容の理解促進の責務(労働契約法4条)があることを勘案すれば、いったん成立した労働契約について事後的に個別の合意によって賃金を減額しようとする場合においても、使用者は、労働者に対して、賃金減額の理由等を十分に説明し、対象となる労働者の理解を得るように努めた上、合意された内容をできる限り書面化しておくことが望ましいことは言うまでもない。」
(技術翻訳事件‐東京地判平23・5・17労働判例1033号42頁)

「① 本件給与減額については、その適用対象者が社長の妻である管理部長以外の正社員2名(X及びA)のみであり、反対の声を上げることが困難な状況にあったこと、② 減額幅が20%と非常に大幅なものであるにもかかわらず、激変緩和措置や代替的な労働条件の改善策は盛り込まれていないこと、③ ・・・本件説明会において、Yが、売上げ・粗利益ともに振るわない現状にあることから、業績変動時の給与支給水準を設けたい旨を抽象的に説明したことは認められるものの、財務諸表等の客観的な資料を示すなどして、Xら適用対象者に対し、このような大幅減給に対する理解を求めるための具体的な説明を行ったわけではないことが認められる。
 以上によれば、たとえ、約3年間にわたって本件給与減額後の給与をYから受領し続けていたとしても、Xが、本件給与減額による不利益変更を、その真意に基づき受け入れたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできない。」
(NEXX事件‐東京地判平24・2・27労働判例1048号72頁)

「使用者は、配転に際して信義則上、労働者への内示や意向聴取を行い、配転の内容や必要性を説明するなどの手続を履行することを要し、それを無視して強行された配転命令は権利濫用となりうる(労契3条4項5項・4条1項)。」
(土田道夫『労働法概説〔第3版〕』176頁〔弘文堂,2014年〕)

「本件配転命令はXの職務内容に変更を生じるものでなく、通勤所要時間が約2倍となる等の不利益をもたらすものの、権利濫用と評すべきものでないが、Yは、Xに対し、職務内容に変更を生じないことを説明したことにとどまり、本件配転後の通勤所要時間、経路等、Xにおいて本件配転に伴う利害損失を考慮して合理的な決断をするのに必要な情報を提供しておらず、必要な手順を尽くしていないと評することができる。このように、生じる利害損失についてXが判断するのに必要な情報を提供することなくしてされた本件配転命令に従わなかったことを理由とする懲戒解雇は、性急に過ぎ、生活の糧を職場に依存しながらも、職場を離れればそれぞれ尊重されるべき私的な生活を営む労働者が配転により受ける影響等に対する配慮を著しく欠くもので、権利の濫用として無効と評価すべきである。」
(メレスグリオ事件‐東京高判平12・11・29労働判例799号17頁)

「本件転勤命令が、業務上の必要に応じた合理的なものであるとしても、Xは、その発令状況から、転勤後の自らの地位、待遇に強い不安を抱くのも無理からぬ状態におかれた上、Y会社は、Xからの再三の説明要求にもかかわらず、同転勤命令の合理性につき真摯に説明を行わず、むしろ専ら誤解を招く方法で説明したのであって、同転勤命令を拒否してもやむを得ない事情にあったと評価し得る。したがって、Y会社が、Xが同転勤命令に従わず、小牧配送センターに出勤しなかったことをもって、業務上の命令に違反したとして、就業規則79条⑤に基づく懲戒処分として、同規則78条⑤を選択、適用し、諭旨解雇としたことはXにとってきわめて苛酷、かつ不合理なものというべきであり、その諭旨解雇には理由がなく、同解雇の意思表示は、社会通念上相当なものとして是認することはできない。」
(山宗事件‐静岡地沼津支判 平13・12・26 労働判例836号132頁)

「本件配転命令は、Xにその意思に反して相当な不利益を課するものであるから、使用者たるYとしては、予め①配転が必要とされる理由、②配転先における勤務形態や処遇内容、③大阪地区への復帰の予定等について、Xに対し可能な限り具体的かつ詳細な説明を尽くすべきであった。」
(日本レストランシステム事件‐大阪高判平17・1・25労働判例890号27頁)

「本件解雇が行われた・・・プロセスを見て特徴的なことは、20年以上Y会社に就労して特に責に帰すべき事情の見あたらないXに対し、Y会社が整理解雇を行うについて、その理解と納得を得ようとした形跡が認められないことである。・・・A取締役は、当初から整理解雇をするのが適当であるとの思いを持って、賃金を70%減額するという提案をし、不正確なY会社の業績に基づく説明をし、10日余りの交渉の中で、会社の客観的な状況の説明を客観的な資料に基づいて説明することなく、解雇の時期についてのXの提案に理解を示すこともなく、・・・明らかに支払義務を負うべき退職金の支払まで拒絶するというものであって、その一貫した態度は、対等の契約当事者として、整理解雇を行う際の使用者の態度とはかけ離れているものといわなければならない。」
(インフォーマテック事件‐東京地判平19・11・29労働判例957号41頁)

「Yは、約2か月間に及ぶ有給休暇を消化した後も申告した被害事実に固執し、出勤しようとしなかったXに対し、休職の申請についての質問に対して明確な回答をしていないばかりか、勧めていないとか必要ないなどと対応しており、Yが休職を認めない状況のままで欠勤を継続するのであれば、どのような不利益な取扱いがあるのかなどの説明もしていなかった。・・・B部長は、Xが・・・電話において解雇や処分を気にしていたことを認めているのであり、従業員にとって、解雇や処分は重要な関心事であるから、解雇や処分に対する説明をするべきであったということができる。」
(日本ヒューレット・パッカード事件‐東京高判平23・1・26労働判例1025号5頁)

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