アクサ生命保険事件 - 東京地判 令2・6・10 労働経済判例速報2432号3頁

【事案】
 Xが,Yに対し,懲戒処分が無効である等として慰謝料等の支払を求めたもの。

【判断】
「(1) 本件懲戒処分の対象となった事実関係については,X自身も認めているところ,Z3は,育児を理由として,Yにおいて午後4時までの短時間勤務を認められていた者であったが,その在職中,帰宅後の午後7時や午後8時を過ぎてから,遅いときには午後11時頃になってから,Xから電話等により業務報告を求められることが頻繁にあったというのである。その態様や頻度に照らしても,このような行為は,業務の適正な範囲を超えたものと言わざるを得ず,また,育成部長の立場にあったXが,育成社員であったZ3に対し,その職務上の地位の優位性を背景に精神的・身体的苦痛を与える,又は職場環境を悪化させる言動を行ったと評価できるものであって,パワーハラスメントに該当し(前記第2の2(6),懲戒事由(前記第2の2(3)ア,(4)ア)となるものである。
 (2) そして,Yは,Z3の申出を受け,複数回にわたってZ3やXに対する事情聴取を行い(上記1(3)),かつ,XがZ3に対する上記行為を行った理由や背景等としてZ2支社長からのパワーハラスメントを訴えたXの主張に応じる形で,Y内部での事情聴取(書証略)を行っている(上記1(3)エ,カ~コ,シ)。確かに,Z3の当初の申出がなされた時点から,Yが聴き取り調査等を実際に開始した時期までは相当時間が経過しており,また,上記聴取の結果(書証略)は匿名で提出されているものの,これらのことをもって,ただちに調査が不公正なものであるとか,不十分なものであるとはいえず,本件全証拠を精査しても,Yが必要かつ公平な調査を行わなかったことをうかがわせるような事情は見当たらない。
 さらに,Yが,Xが自認するZ3に対する時間外の業務連絡があったとの事実のみを懲戒の対象とし,戒告処分を選択したことが重きに過ぎるともいえない。加えて,付績行為等の是正を訴えたというXが主張する点を踏まえ,Yの本件懲戒処分に至る経緯等を考察しても,Yが懲戒権を濫用したことを裏付けるような客観的な事情は見当たらない。
 以上によれば,Yによる本件懲戒処分は有効であるといえるから,Xに対する不法行為の成立は認められない。」

「Xは,実労働時間を算定するに当たり,原則として,育成部長や育成社員を含む営業社員全員に貸与されていたタブレット端末の起動ログ(書証略),終了ログ(書証略)の時間を根拠とすべき旨主張し,Yはこれらに基づく認定は相当ではないと主張するので,以下検討する。
 Yにおいては,営業社員に対し,タブレット端末が貸与され,顧客に商品の説明をする際,Yに業務報告をする際,社内でメールをする際及び会議の資料を表示する際等に用いられており(争いがない),事業所内での用途や営業先に持参するなどして,業務のため日々使用されているから(人証略),営業社員の業務に不可欠なものであるといえるところ,Xも,原則として,営業所に到着後タブレット端末を立ち上げ,育成社員の営業活動への同項指導業務等の外出時にも持参していた,個人情報を取り扱うため,必要がないときはログオフしており,一日に何度も起動ログ・終了ログがあるはずである旨供述しており(人証略),業務外に使用していたことをうかがわせる具体的な事情はない。
 そうすると,最初の起動ログの時刻(書証略)から最後の終了ログの時刻(書証略)までの間は,原則として,XがYの業務に従事していたことを裏付けるものと評価できる(確かに,Yが指摘するように,Xが労働日以外にタブレット端末を起動している日が多く確認できるものの,Xの供述(人証略)に照らせば,業務外に使用したことをうかがわせるものではなく,上記推認を覆すような事情とまではいえない。)。」

「ア 始業時刻については,所定の就業開始時刻より前の時刻を始業時刻として主張する場合(早出残業)には,明示的には使用者から労務の提供を義務づけられていない始業時刻前の時間が,労務の提供を義務づけられ又はこれを余儀なくされるなどして,使用者の指揮命令下にある労働時間に該当することについて,労働者による具体的な主張立証が必要であると解される。」

「Z2支社長によるパワーハラスメントを認めるに足りる証拠はないものの(上記3),本件期間におけるXの毎月の時間外労働の時間数(1日8時間超過分と週40時間超過分の合計は,別紙2のとおりである(上記5)(別紙略)。
 そして,Xが平成27年1月に育成部長に昇任して以降,Z2支社長はXが所定労働時間を超えて就労していること,実際の退社時刻が午後7時ないし8時であったことを認識しており(人証略),Z1営業所長も,Xが短時間勤務の適用を事実上受けていたことについては当初から知っていたものの,Xの退社時刻はおおむね午後6時から8時頃であったとの認識を述べていること(人証略),平成29年11月24日の時点で,Yの営業社員労働組合が,各地区の「営業管理職オルグ」において,多くの営業管理職から深刻な長時間労働の実態について苦情が出されている状況を踏まえ,営業管理職の勤務状況等に関するアンケートを実施していること(上記1(4)ア),Xは,Z2支社長に対し,遅くとも平成29年3月頃には,長時間労働について相談し,その改善を求めたこと(上記1(3)エ),Xは,平成29年5月11日,Z7統括部長に対し,Z3に対するXのパワーハラスメントに関する事情聴取を受けた際,帰宅時間が20時ないし22時になってしまうこともあったこと,育児を理由とする短時間勤務制度があるから入社したが同制度の利用を認めてもらえないこと,Z2支社長及びZ1営業所長から,営業管理職は休日活動の振替休日を取らなくてよいと指導されたこと,育成部長になってから当初の一年間は全く休暇を取れなかったこと等を伝えたこと(上記1(3)コ),平成29年10月30日,B営業所がK労働基準監督署から「営業社員に関して,週40時間を超え労働させているにもかかわらず,法定の率以上の割増賃金を支払っていないこと」「育成部長の職の者に対して,法定の率以上の割増賃金を支払っていないこと」等を理由とする是正勧告を受けたこと(上記1(4)イ)(なお,同監督署からの勧告は,長時間労働の是正を直接促すものではないが,週40時間を超えて労働させていることの指摘を含んでおり,安全配慮義務違反を根拠付ける一事情として評価するのが相当である。),Yが組合との間で時間外労働及び休日労働に関する労使協定を締結したのは平成30年5月18日であること(上記1(4)ウ)等の事情が認められるのであり,これらを踏まえると,Yは,遅くとも平成29年3月から5月頃までには,三六協定を締結することもなく,Xを時間外労働に従事させていたことの認識可能性があったというべきである。しかしながら,Yが本件期間中,Xの労働状況について注意を払い,事実関係を調査し,改善指導を行う等の措置を講じたことを認めるに足りる主張立証はない(Z2支社長が,平成27年12月8日に,営業所長に提出すべきリストの作成業務について,時間外には行わないようにとのメール(書証略)をXに送信していること等の事情は上記認定を左右するものとはいえない。)。したがって,Yには,平成29年3月から5月以降,Xの長時間労働を放置したという安全配慮義務違反が認められる。」