Y交通事件 - 大阪地決 令2・7・20 労働経済判例速報2431号9頁

【事案】
 Yに雇用されているXが,Yに対し,Yの責に帰すべき事由による就労拒否があったと主張して,民法536条2項に基づき,賃金の仮払いを求めたもの。

【判断】
「(ア) Yの主張内容
 Yは,Xが極めて濃い化粧をして乗務に従事しており,かかる行為が乗客に違和感や不快感を与えるものであるから,Xの就労を拒否する正当な理由があるものと主張する。
 (イ) 本件身だしなみ規定について
 本件身だしなみ規定は,サービス業であるタクシー業を営むYが,その従業員に対し,乗客に不快感を与えないよう求めるものであると解され,その規定目的自体は正当性を是認することができる。それゆえ,従業員が,Yから本件身だしなみ規定に従うよう業務上の指揮命令を受けたにもかかわらず,当該従業員がこれにしたがわない場合などには,就業規則54条1項2号等の懲戒事由に該当する可能性があり,この場合,Yは,従業員に対し,懲戒処分を行うことができる(なお,本件で,Yは,Xに対し,濃い化粧をして乗務に従事したことをもって,懲戒処分としての出勤停止処分を行っていない。)。
 しかしながら,本件身だしなみ規定に基づく,業務中の従業員の身だしなみに対する制約は,無制限に許容されるものではなく,業務上の必要性に基づく,合理的な内容の限度に止めなければならない。
 (ウ) 乗務員の化粧について
 本件身だしなみ規定は,化粧の取扱いについて,明示的に触れていないものの,男性従業員が化粧をして乗務したことをもって,本件身だしなみ規定に違反したものと取扱うことは,Yが,女性従業員に対して化粧を施した上で乗務することを許容している(認定事実(3))以上,乗務員の性別に基づいて異なる取扱いをするものであるから,その必要性や合理性は慎重に検討する必要がある。他方,男性従業員の化粧が濃いことをもって,本件身だしなみ規定に違反したものと取扱うことは,女性乗務員に対しても男性乗務員と同一の取扱いを行うものである限り,性別に基づいて異なる取扱いをするものと評価することはできない。
 (エ) Yにおける乗務員の化粧に対する取扱い
 Z1渉外担当らは,本件面談において,Xの化粧の濃さに言及している(認定事実(2)ア(イ))ものの,化粧が濃いと判断した根拠について,Z1渉外担当は化粧が「分かる」こと,Z3所長は「眉毛バッチリ描いて」いることという,化粧として突飛なものとは思われない点を指摘している(同上)。また,Z1渉外担当らは,ファンデーションの濃さ,口紅の光沢,アイライナーの濃さなどといった許容される化粧の限度に言及し,改善を求めたことはなく,むしろ,Xが今後化粧をしなければよいという問題ではないなどと述べている(認定事実(2)イ(イ))。
 以上の事実によれば,Z1渉外担当らは,本件面談において,Xが乗務中に化粧をすることができることを前提としつつ,その濃さが,本件身だしなみ規定に違反するものと捉えていたのではなく,Xが化粧をして乗務すること自体を,本件身だしなみ規定に違反するものと捉えており,そのことをもって,Xに対する就労拒否の理由としていたと認めることができる。Xの化粧が極めて濃いことを就労拒否の理由として旨のYの主張は採用することができない。
 そうすると,Xに対する化粧を施した上での乗務の禁止及び禁止に対する違反を理由とする就労拒否については,それらの必要性や合理性が慎重に検討されなければならない。
 (オ) Xに対する化粧の禁止及び禁止違反を理由とする就労拒否の必要性及び合理性
 社会の現状として,眉を描き,口紅を塗るなどといった化粧を施すのは,大多数が女性であるのに対し,こうした化粧を施す男性は少数にとどまっているものと考えられ,その背景には,化粧は,主に女性が行う行為であるとの観念が存在しているということができる。そのため,一般論として,サービス業において,客に不快感を与えないとの観点から,男性のみに対し,業務中に化粧を禁止すること自体,直ちに必要性や合理性が否定されるものとはいえない。
 しかしながら,Xは,医師から性同一性障害であるとの診断を受け,生物学的な性別は男性であるが,性自認が女性という人格である(前提事実(1)イ(イ))ところ,そうした人格にとっては,性同一性障害を抱える者の臨床的特徴(前提事実(2))に表れているように,外見を可能な限り性自認上の性別である女性に近づけ,女性として社会生活を送ることは,自然かつ当然の欲求であるというべきである。このことは,生物学的性別も性自認も女性である人格が,化粧を施すことが認められていること,あるいは,生物学的性別が男性である人格が,性自認も男性であるにもかかわらず,業務上,その意に反して女性的な外見を強いられるものではないこととの対比からも,明らかである。外見を性自認上の性別に一致させようとすることは,その結果として,Z1渉外担当が「気持ち悪い」などと述べた(認定事実(2)ア(ウ))ように,一部の者をして,当該外見に対する違和感や嫌悪感を覚えさせる可能性を否定することはできないものの,そうであるからといって,上記のとおり,自然かつ当然の欲求であることが否定されるものではなく,個性や価値観を過度に押し通そうとするものであると評価すべきものではない。そうすると,性同一性障害であるXに対しても,女性乗務員と同等に化粧を施すことを認める必要性があるといえる。
 加えて,Yが,Xに対し性同一性障害を理由に化粧をすることを認めた場合,上記のとおり,今日の社会において,乗客の多くが,性同一性障害を抱える者に対して不寛容であるとは限らず,Yが性の多様性を尊重しようとする姿勢を取った場合に,その結果として,乗客から苦情が多く寄せられ,乗客が減少し,経済的損失などの不利益を被るとも限らない。
 なお,Z1渉外担当らは,Xに化粧を施した上での乗務を認めることによって,Xが同性愛者などから「ひょっとしたら自分らと同じような感覚を持ってる人間がおるよ,と思われていること自体が問題」であると述べている(認定事実(2)ア(オ)ところ,その趣旨は必ずしも明らかでないが,いずれにしろ,業務上の支障が生じると認めるに足りる根拠もない。
 以上によれば,Yが,Xに対し,化粧の程度が女性乗務員と同等程度であるか否かといった点を問題とすることなく,化粧を施した上での乗務を禁止したこと及び禁止に対する違反を理由として就労を拒否したことについては,必要性も合理性も認めることはできない。
 (カ) したがって,Yは,Xの化粧を理由として,正当にXの就労を拒否することができるとの主張を採用することはできない。」