辻・本郷税理士法人事件 ‐ 東京地判 令元・11・7 労働経済判例速報2412号3頁

【事案】
 Yから訓戒の懲戒処分を受けたXが,当該処分の無効の確認等を求めたもの。

【判断】
「イ 本件報告書の信用性について
 証拠(証拠略)によれば,B弁護士は,Yの顧問弁護士であり,Yから依頼を受けて本件調査を行った者であるが,同弁護士は,Yから本件調査についての意見を聞くことなく本件調査を開始し,X及びEからそれぞれの言い分等を記載した書面の提出を受け,X及びA部長が所属する人事部の従業員のみならず,他の部署の従業員からも事情聴取を行った上で本件報告書を作成していることが認められる。
 そして,B弁護士による調査が中立性,公平性を欠くというべき具体的な事情は窺われず,また,上記のとおり本件調査における調査は,複数の部署にわたるYの従業員から事情を聴取して行われており,人事部における人間関係にとらわれない調査方法が用いられているということができる。さらに,本件報告書の記載内容は,詳細かつ具体的である上,事実認定に至る過程に特段不自然・不合理な点は認められない。以上によれば,本件報告書には信用性が認められ,同報告書に記載された…事実を認めることが相当である。
 Xは,本件報告書は公平性に欠けるもので,信用性が認められず,同報告書において認定された事実は認められない旨主張し,A部長はXを人事部から異動させたいとの意向を持っており,Yの従業員はその意向に従っていると考えられることや,本件調査において聴取の対象者とされた従業員の中には,Yの人事部又はその隣の部署に所属しCと親しい従業員がいるから同人らの供述の信用性は低く,Yの従業員の供述に基づき事実認定をした本件報告書の記載は信用することができない旨供述する。
 しかしながら,Xは,人事部において課長として新卒採用の立ち上げを行うなど多くの業務を担っていた者であり(人証略),前記認定に係る人事部の体制に照らしても,同部の業務執行におけるXの役割は大きかったというべきところ,同部のA部長や顧問のDがXを陥れるために,多数の従業員を巻き込んで虚偽の供述を行うことは考え難く,A部長がXを人事部から異動させたいとの意向を持っていることをうかがわせる証拠もない。また,本件調査は,顧問であるDや,Cと親しい関係にあるとまでは認められない人事部に所属しない従業員に対しても事情聴取が行われ(人証略),その結果に基づき調査報告書が作成されていることからすれば,Cと親しい従業員が聴取の対象とされていることをもって,本件報告書の信用性が欠けるということはできない。
 したがって,Xの上記主張は採用することができない。
 ウ 国籍に関する差別的言動について
 前記認定のとおり,XとCは上司と部下の関係にあり,本件報告書によれば,Xは,CがXの指示を受けて業務を行った際,「そんな指示はしていない」と叱責し,「あなた何歳のときに日本に来たんだっけ?日本語分かってる?」と発言したことが認められる。(以下,上記Xの発言をまとめて「本件発言」という。)
 本件発言は,その発言内容そのものが相手を著しく侮辱する内容であり,また,Cが日本国籍を有しない者であることからしても,同人に強い精神的な苦痛を与えるものというべきである。そうすると,上記発言は,Xが部下であるCに対し,職場内の優位性を背景に業務の適正な範囲を超えて精神的・身体的苦痛を与えたものとして,Yの就業規則79条18号所定のパワーハラスメントに当たるというべきである。
 Xは,Cに対して日本語がわかりますかという表現を行ったにすぎず,本件発言については,B弁護士が本件調査においてC以外の従業員から伝聞で聴取したもので信用性が認められない旨主張する。しかしながら,本件報告書の信用性が認められることは既に説示したとおりであり,また,同報告書には,本件発言を認定した資料としてCに対する事情聴取があげられているのであり(書証略),C以外の従業員からの聴取のみに基づくものとは認められない。したがって,Xの主張は採用することができない。
 エ Cに対する注意の態様について
 前記認定のとおり,XとCは上司と部下の関係にあり,本件報告書によれば,Xは,Cに対して行った業務上の指示やCの態度等について,Cを自らの席の横に立たせた状態で叱責し,また,人事部全体に聞こえるような大きな声で執拗に叱責したことが認められる。
 そして,本件報告書において認定された…行為の態様,Xの行為後にCが泣いていたこと(…)などの事情に照らせば,XのCに対する注意については,職場内の優位性を背景に業務の適正な範囲を超えて精神的・身体的苦痛を与え,又は職場環境を悪化させる行為をしたものとして,Yの就業規則79条18号所定のパワーハラスメントに当たるというべきである。
 Xは,Cや他の従業員を無理に自らの席の横に立たせたことはなく,また,人事部あるいはフロア全体に聞こえるような大声で怒鳴りつけたことはない旨主張し,Cの事務処理上のミスが多かったことからA部長に指導を依頼したが拒否され,自らCに対する指導を行う必要があり,指導の際に,Cを自らの席の隣に立たせて話をしていたが,その時間は最大でも1ないし2分程度であり,また,フロア中に聞こえる声で怒鳴ったことはなかった旨供述する。(人証略)
 しかしながら,本件報告書の信用性が認められることは既に説示したとおりであり,また,Xは,…の事実に関し,Cに対して注意をしていたところを,まだ話してますよと言って呼び戻して注意を行った旨供述するが(人証略),このようにして注意を行った場合に1ないし2分程度の時間で終わるとは考え難く,また,Cや他の従業員を無理に自らの席の横に立たせたことはないとの主張とも整合しないものである。そうすると,Cに対する注意の態様に関するXの供述は信用することができず,Xの上記主張を採用することはできない。
 また,Xは,Yにおいては上司の横に部下が立って話を聞くことが広く行われており,XがCを横に立たせて指導していたことについて,Y内で問題視されたことはない旨供述する。(人証略)
 しかしながら,上記のとおり,Cに対する注意の態様に関するXの供述は信用することができず,XがCを自らの席の横に立たせた状態で叱責したのは,Cの意思に反して行われたと認めることが相当であるから,部下が任意に上司の横に立って話を聞くことと同様に評価することはできない。また,既に認定・説示したXの行為態様等に照らせば,Xの指導がY内で問題視されたことがなかったとしても,それにより,懲戒事由の存否に関する前記の認定判断を左右するものということはできない。
 オ なお,Yは,Xが多数回の遅刻をしていたこと,また,出社してから20分ないし30分程度トイレに入って化粧をしていたことを懲戒事由として主張するが,これらの事実については,Xに対して釈明又は弁明の機会が付与されたものとは認められず,これらを本件懲戒処分の基礎とすることは相当ではない。
 (2)懲戒処分の手続について
 Xは,本件懲戒処分を受けるに当たり,B弁護士から事実関係のヒアリングを受けたにすぎず,懲戒権者であるYに対する釈明又は弁明の機会が与えられていないことから,Yの就業規則において必要とされる手続が履践されていな旨主張する。
 しかしながら,Yの就業規則においては,「懲戒を行う場合は,事前に本人の釈明,又は弁明の機会を与えるものとする」との規定があるのみであり,釈明の機会を付与する方法については何ら定められていない。そして,本件懲戒処分に先立ち行われた本件調査は,法的判断に関する専門的知見を有し,中立的な立場にあるB弁護士が,Yから依頼を受けて行ったものであるから,釈明の機会の付与の方法として適切な方法がとられたということができ,Yの就業規則において必要とされる手続が履践されたというべきである。したがって,Xの主張は採用することができない。
 なお,本件調査の対象は懲戒事由であるパワーハラスメントの有無に関するものであり,懲戒処分の相当性についての意見聴取を含むものではないが,本件訴訟においてXは,本件懲戒処分の手続の瑕疵の点を除けば,専ら懲戒事由の存否を争っているのであり,また,訓戒の処分がYの懲戒処分の中では最も軽いものであることなどからすれば,懲戒処分の相当性についての意見聴取がされていないからといって,Yの就業規則において必要とされる手続が履践されていないということはできない。
 (3) 小括
 以上によれば,Yの就業規則79条18号所定の懲戒事由が認められる。また,懲戒事由に基づく訓戒の処分の相当性も認められ,手続上の瑕疵も認められない。
 したがって,本件懲戒処分が権利の濫用に当たり無効であるということはできない。」