国・茂原労基署長(株式会社まつり)事件‐東京地判 平31・4・26 労働判例1207号56頁

【事案】
 Kが過重労働により死亡したとするXが,労災保険法に基づく保険給付の支給を請求につき,労基署が算出した給付基礎日額の決定処分に誤りがある旨主張して,処分の取消しを求めたもの。

【判断】
「給付基礎日額は,労基法12条の平均賃金に相当する額とされ(労災保険法8条1項),給付基礎日額の算定に当たっては,診断によって業務上の疾病の発生が確定した日等が労基法12条1項所定の算定事由発生日とされている(労災保険法8条1項)。そして,平均賃金は,算定事由発生日以前三か月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額をその期間の総日数で除した金額であり(労基法12条1項),賃金は,賃金,給料,手当,賞与その他名称の如何を問わず,労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう(同法11条)。
 そうすると,「その労働者に対し支払われた賃金の総額」とは,労基法の適用を前提として,現実に既に支払われている賃金だけではなく,実際には支払われていないものであっても,算定事由発生日において,労基法の適用上支払われるべき既に債権として確定している賃金債権をも含むと解されるから,時間外労働等が行われている場合には,同法37条所定の割増賃金も平均賃金の算定基礎賃金に含まれることとなる。
 そして,法(ママ)37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けている趣旨は,使用者に割増賃金を支払わせることによって,時間外労働等を抑制し,もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに,労働者への補償を行おうとするものであるから(最高裁昭和44年(行ツ)第26号同47年4月6日第1小法廷判決・民集26巻3号397頁,最高裁平成28年(受)第222号同29年7月7日第2小法廷判決・裁判集民事256号31頁参照),割増賃金の算定方法が同条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定(以下,これらの規定を「労基法37条等」という。)に具体的に定められているものの,同条は,労基法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され,労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではなく(前掲最高裁第2小法廷判決参照),使用者は,労働者に対し,雇用契約に基づき,時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払うことにより,同条の割増賃金の全部又は一部を支払うこともできる。そして,雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは,雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか,具体的事案に応じ,使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容,労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第2小法廷判決・裁判集民事172号673頁,最高裁平成21年(受)第1186号同24年3月8日第1小法廷判決・裁判集民事240号121頁,前掲(ママ)最高裁平成29年2月28日第3小法廷判決,前掲(ママ)最高裁平成30年7月19日第1小法廷判決)。
 (2) 検討
 そこでまず,本件雇用契約において本件固定残業代が時間外労働等に対する対価として支払われているものとされているか否か,すなわち本件固定残業代が本件雇用契約の内容となっているか否かについて以下検討する。
 この点については,本件雇用契約は,口頭でされたにすぎず,これを証する契約書は作成されていない(…)。また,本件会社名義の就業規則(〈証拠略〉)及び賃金規程(〈証拠略〉)は,本件会社の設立日(平成25年7月25日)よりも前の平成22年11月1日にいずれも施行されているなどの問題があることからその効力を認めることはできない(当事者間に争いがない)。さらに,A社長が被災者に対して本件雇用契約締結時において固定残業代と割増賃金の関係について説明したことも証拠上窺われない。
 以上に対し,Yは,本件固定残業代(「超過手当」,「深夜業手当」)の名称(…)からすれば,社会通念上,超過手当が時間外労働に対する手当,深夜業手当が深夜労働に対する手当と認識することができること,賃金台帳及び給料明細書に基本給及び役職手当とは別に本件残業代が記載されていること(…),本件会社は被災者に対して同給料明細書を交付していること(…),本件固定残業代が現に支払われていたこと(…)からすれば,本件会社及び被災者は,本件固定残業代が時間外労働等の対価として支払われていたことをそれぞれに認識していた旨主張する。確かに,Y主張の事実からすれば,本件会社が本件固定残業代を時間外労働等の対価として支払う旨の認識があったことを推認できなくはないし,他方で,被災者もそのような推測をすることが不可能であったとはいえない。しかしながら,被災者が,上記のとおり,雇用契約書も就業規則もなく,しかも,本件固定残業代についての説明がされたことは窺われないような状況において,わずか4か月程度の給与明細書の交付と本件固定残業代の受領(…)のみをもって,本件雇用契約の締結に当たり,本件固定残業代が時間外労働等に対する対価として支払われることについてその内容を理解した上で,応諾するに至ったことを推認することまではできず,その他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 また,Yは,A社長が本件雇用契約の締結に先立って被災者の前職の給料を確認していること,基本給の金額について本件雇用契約(基本給と役職手当)と前職の雇用契約とでおおむね整合すること,本件固定残業代が支払われていることからすれば,被災者と本件会社は,一定程度の時間外労働等を想定し,本件会社がその対価として本件固定残業代を支払い,被災者がこれを受領することをそれぞれ認識した上で本件雇用契約を締結したことを推認することができる旨主張する。しかしながら,このY主張事実をもってしても,本件会社側の意図はさておき,被災者において一定程度の時間外労働等を想定した上でその対価として本件固定残業代が支払われるという内容の契約として本件雇用契約を理解し締結したことまで推認するには足りないといわざるを得ない。上記Y主張は,そもそも本件固定残業代が有効であるか否かによってこれが通常の労働時間の賃金に含まれるか否かが決せられるべきであるにもかかわらず,通常の労働時間の賃金(労基法37条)が基本給と役職手当とに限られ本件残業代がこれに含まれないことを前提としてしまっているきらいもあり失当であるといわざるを得ず,採用することができない。
 さらに,Yは,超過手当10万円は約67時間の時間外労働に対する割増賃金に相当するところ,被災者と本件会社との間において,本件会社が被災者に対して前職の月給21万円の2倍以上にあたる月給約46万円を支払う旨の雇用契約が成立していたとは考えられないから,時間外労働等の対価として本件固定残業代を支払う旨の合意があった旨主張する。しかしながら,具体の固定残業代について,それが雇用契約の内容となっていることが否定された以上は,使用者等の雇用契約締結時に有していた意図等の如何にかかわらず,法律上通常の労働時間の賃金として組み入れざるを得ないのである。その意味で,本件固定残業代が通常の労働時間の賃金に組み入れられた場合の賃金水準の問題を指摘するYの上記主張は失当であり,採用することができない。本件雇用契約の契約当事者の合理的意思を推認するための基礎事情との観点からしても,Yは,上記のとおり,超過手当10万円は約67時間の時間外労働に対する割増賃金に相当することのほか,被災者の本件算定期間中の時間外労働時間数は約123時間ないし約141時間であることを主張するが,その主張を前提としても,超過手当においてあらかじめ想定される時間外労働時間数(約67時間)と被災者の実際の時間外労働時間数(約123時間ないし約141時間)から窺われる勤務状況との間に約2倍もの大きな乖離が見られるところであり,この点はかえって本件雇用契約において本件固定残業代が時間外労働等に対する対価として支払われていないことを推認させるものである。
 以上の事情を総合的に考慮すると,本件雇用契約において本件固定残業代が時間外労働等に対する対価として支払われているものとはされておらず,ひいては本件固定残業代が本件雇用契約の内容となってはいないこととなる。
(3) 小括
 したがって,平均賃金の算定基礎においては,まず,本件固定残業代を通常の労働時間の賃金として参入し,さらに,本件固定残業代を基礎賃金に含めた上で算出した割増賃金をも算入することになる。しかるに,監督署長は,…これらの算入処理をすることなく,平均賃金及び給付基礎日額を算出し,これを前提として本件各処分をしている。よって,本件各処分には,平均賃金,ひいては給付基礎日額の算定に誤りがあるから違法であって取消しを免れない。」