大阪市交通局事件‐大阪高判 令元・9・6 労働経済判例速報2393号13頁

【事案】
 Xらが,Yに対し,職務命令等及び査定は,Xらの人格権としてのひげを生やす自由を侵害するものであると主張して,損害賠償等を求めたもの。
 原審が,Xらの請求の一部を認容したため,敗訴部分を不服とするYが控訴(Xらが附帯控訴)。

【判断】
「Xらは,ひげを生やすか否か,ひげを生やすとしてどのような形状のものとするかは個人的に自由に属する事柄であり,憲法13条に由来するから,本件身だしなみの基準の正当性は,憲法上保障されているひげを生やす自由の制約の問題として判断すべきであると主張する。
 ひげを生やすか否か,ひげを生やすとしてどのような形状のものとするかは,原判決も判示するとおり(…),個人が自己の外観をいかに表現するかという個人的自由に属する事柄である。
 しかし,少なくとも現時点において,ひげを生やす自由が,個人の人格的生存に不可欠なものとして,憲法上の権利として保障されていると認めるに足りる事情は見当たらない。そうであるからといって,労働者のひげに関してどのような服務中の規律も設けることができるわけではない。また,仮に,ひげを生やす自由が,憲法13条に基づく自己決定権の一部として保障されているとみ得るとしても,労働の場においては,そのような自由が如何なる場合にも完全に認められるというわけでもない。
 ひげを生やす自由が個人的自由に属する事柄であることを前提として,原判決の判示するとおり,労働者のひげに関する服務規律は,事業遂行上の必要性が認められ,かつ,その具体的な制限の内容が,労働者の利益や自由を過度に侵害しない合理的な内容の限度で拘束力を認めるべきものである。
 よって,Xらの上記主張は採用することができない。」

「Xらは,当時,地方公務員の地位にあり,職務を行うに当たっては,公務に対する市民の信頼を損なわないように遂行することが要請される立場にあった(…)。また,交通局の営む地下鉄事業は,市民等が代金を支払って地下鉄を利用するものであり,同業他社との間で顧客獲得の競争も存在した。これらのことに照らせば,交通局が乗客サービスを理念として,その一環として,ひげを含めた身だしなみを整えることを内容とする服務規定を設けることには,一定の必要性・合理性が認められるというべきである。
 したがって,ひげに関し制約の必要性は認められないということはできない。
 そして,ひげが社会において広く肯定的に受け容れられているとまではいえない我が国の現状に照らせば,原判決も判示するとおり(…),「整えられた髭も不可」として,ひげが剃られた状態を理想的な身だしなみとする服務上の基準を設けることには,一応の必要性・合理性が認められる。ひげに対する許容度は,交通局の事業遂行上の必要性とは無関係ではなく,一方,本件身だしなみ基準は,ひげを一律全面的に禁止するものと解することはできない。」

「Yは,I運輸長の発言は交通局の見解ではなく,I運輸長の誤解に基づくもので,X2はこれを受けてひげを剃ったこともないから,一担当者の一度きりの発言をもって国賠法上違法であると解することはできないなどと主張する。
 しかし,I運輸長は,当時,森ノ宮乗務所を含む4つの乗務所(中央線を含む4線)を統合する森ノ宮乗務運輸長の地位にあった者である(…)。このような上位の職位にある者が職員に対し,人事上の処分や退職を余儀なくされることまでを示唆してひげを剃るよう求めた発言を,交通局の見解とは異なる本人の誤解に基づくものであるなどといった理由で,違法性がないと評価することはできない。また,実際にX2がひげを剃らなかったとしても,X2が,このような発言により,精神的圧迫や不安を感じたであろうことは優に認められる。
 よって,Yの上記主張は採用することができない。」

「当裁判所も,本件各考課は,Xらのひげを生やしていることを主たる減点評価の事情として考慮したものであること,したがって,上記評価が人事考課における使用者としての裁量権を逸脱・濫用したものであって国賠法上違法であるものと判断する。」