富士機工事件‐静岡地浜松支判 平30・6・18 労働判例1200号69頁

【事案】
 知的障害及び学習障害を持つKが自殺したことにつき,両親であるXらが,Yに対し,損害賠償請求等をしたもの。

【判断】
「(1) 使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり,かかる義務は,使用者が雇用契約に付随して被用者に対して負う信義則上の安全配慮義務であるとともに,一般不法行為放上の注意義務であるというべきである(最高裁昭和50年2月25日第3小法廷判決・民集29巻2号143頁,最高裁平成12年3月24日第2小法廷判決・民集54巻3号1155頁)。」

「Kにとって,本件プレス機での実習が,その能力に比して加(ママ)重であり,その心理的負荷は大きかったというべきである。
 そして,証拠(〈証拠略〉)によれば,知的障害や発達障害を有する者は,その障害が原因で,頑張って努力しても努力が報われず,できるようにならないため,無力感や劣等感,自己否定感を抱きやすく,ストレスへの耐性も他の人と比べて低いという見方もあって,うつ病や適応障害といった二次障害に陥りやすいとされていること,Kが自殺したのは,本件プレス機が停止する出来事があった日の翌日の通勤途中であったこと(…)を併せてみれば,Kがうつ病などの精神障害を発症していた可能性もないとはいえず,本件全証拠によっても業務以外に自殺の原因となる要因は見当たらないから,Yの業務に対する心理的負荷がKの自殺を招いたものと推測される。」

「Kは,新入社員研修後に実施された理解度テストで満点をとり(…),プレス機の安全教育や金型取り付け特別教育の後に実施された理解度テストでも満点であったこと(…),確認作業や梱包作業を順調に覚え(…),プレス作業への意欲を見せていたこと(…),本件プレス機でのプレス作業の実習も,原材料の投入,完成品の取出,完成品の確認,容器への積載といった比較的平易なものから始め,Kはそれらの各作業も比較的すぐにできるようになったこと(…),金型交換作業(段取り)の実習に進んだ後も,本件プレス機での実習中は,常にDがKの傍についており,Kが1人での作業を命じられることはなかったこと(…),Dは,手本を示してKにやらせてみるという方法で指導し,Kが出来なくても叱責することはなかったこと(…),本件プレス機は生産負荷が低く,Kに作業速度や作業効率は求められていなかったこと(…),Kは,Yに入社して以降,体調不良を訴えたことはなく,自殺する前日まで無遅刻無欠勤であり,本件プレス機での実習開始後においても,残業や休日勤務はなかったこと(…),Kは,自殺する3日前の土曜日にはYのソフトボール大会に参加し,活躍していたこと(…),自殺する2日前の日曜日にKと遊んだ高校の同級生も,Kに異変があるとは感じていなかったこと(…),自殺する前日には,本件プレス機が停止する事態が発生したが,そのことでCやDがKを叱責したことはなく,Kに普段と変わった様子はなかったこと(…),Kは同僚と良好な関係を築いており(…),CやDをはじめとする上司との人間関係も良好であったこと(…)に鑑みれば,自殺までの間に,Kに精神障害の発症や自殺の兆候は見当たらず,Yが,Kにとって業務が加(ママ)重であり,自殺や精神障害を招き得る心理的負荷となっていたことを予見することは困難であったというほかない。」
「Xらが主張する…事実は,YがKにとっての業務の加(ママ)重性や心理的負荷を認識する契機となり得るものであったことは否定できないが,Kの自殺までプレス作業の実習開始から2週間,金型交換作業(段取り)の実習開始から1週間程度と短く,実労働日数でみるとさらに短いことに加え,…YにおけるKの様子に特段変わったところはなかったことからして,これらの事実をもって直ちに,Kの業務が自殺を招き,あるいはうつ病等の精神疾患や精神障害を発症させ得る業務上の心理的負荷になることを,Yが予見すべきであったとは言い難い。
(5) 以上のとおり,Yには安全配慮義務及び注意義務の前提となる予見可能性があったとは認められない。」