労働基準法の効力 
土田道夫『労働契約法 第2版』75頁‐76頁〔有斐閣,2016年〕)

「労働保護法は,歴史的には行政的取締法規や刑罰法規から出発しており,もともと公法としての性格が濃厚であった。日本でも,戦前の工場法はこのような性格を有していた。これに対し,戦後の労働基準法は,刑事罰や行政的監視機構を備えつつも,次に述べる13条の規定によって私法的効力を備え,労働契約上の私法的権利義務を規律する法律に発展している。すなわち,労基法は,民事・刑事・行政の3面から成る規制システムを備えている。
 (ア) 私法的効力  労基法13条は,「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,その部分については無効とする」と規定する。前段は,労基法の労働条件基準の強行的効力を宣言した規定である。その対象は,法分上は労働契約であるが,使用者が行う一方的法律行為(解雇・配転・懲戒等)や,労働協約・就業規則にも及ぶ(…)。
 次に,13条後段は,労基法の基準が契約内容を直接規律すること(直律的・補充的効力)を明らかにしたものである。民法によれば,法律行為の一部が強行法規に違反して無効となった場合,任意法規や慣習によって補充されれば残余部分は効力を保つが,そうでない限り法律行為全体が無効となる(一部無効の理論)。しかし,この理論の下では,労働契約全体が無効となれば,労働者は職場を失う結果となるし,無効な契約の下で労働したことによる逸失利益を回復するためには,不当利得返還請求(民703条)によらざるをえないなど,法律関係を複雑化させ,労使間の利益調整にも欠ける結果となる。本条の直律的効力は,この点を立法的に解決したものであり,諸外国に例を見ない日本独自の規定である。
 この結果,たとえば,1日10時間の労働時間を定めた労働契約は,その部分について無効となり,1日8時間の基準(労基32条2項)によって補充される。また,使用者が一定の金員等の給付義務を課す規定に違反した場合は,使用者は直律的効力によって法定基準に従った給付義務を課され,労働者は当該給付の請求権を取得する(労基34条1項違反の場合の休憩付与請求権,37条違反の場合の割増賃金請求権など)。
 (イ) 公法的効力―刑罰  労基法は,1章を設けて罰則を定め(13章),同法違反に対する刑罰を定めている。このような刑罰制裁は,使用者の労働法コンプライアンスを高める上で重要な役割を果たしている。
 労基法における法違反の責任者(罰則の責任主体)は「使用者」であり,事業主,事業の経営担当者その他労働者に関する事項について,事業主のために行為をするすべての者をいう(労基10条)。…これは現実に労基法違反行為を行った自然人を指すが(行為者処罰主義),その多くは管理職など事業主との関係では「労働者」であり,行為者の処罰によって事業主が法違反の責任を免れる事態は不公平となる。そこで,労基法は,いわゆる両罰規定を設け,事業主の刑事責任の追及の途を開いている(労基121条1項)。すなわち,労基法の違反行為をした者が,事業主のために行為した代理人,使用人その他の従業者である場合は,事業主も罰金刑を科される。また,事業主が違反行為を知りながらその是正措置を講じなかった場合,または違反を教唆した場合は,事業主も行為者として処罰される(労基121条2項)。
 (ウ) 労働基準監督制度  a) 使用者の労基法違反を事前に防止し,法の実効性を確保するためには,専門的行政機関による指導・監督が重要となる。このため,厚生労働省に労働基準主管局が置かれ,各都道府県労働局が,各都道府県管内に労働基準監督署が設置されている(労基97条1項)。各監督機関には労働基準監督官が配置され(同97条1項),その長は労働基準監督官をもって充てられる(同97条2項)。一方,女性労働者に関する雇用問題(雇用機会均等法等)を取り扱う機関として,厚生労働省に女性主管局が置かれ,都道府県労働局には雇用均等室が設置されている。
 労働基準監督署は,日常的に生起する雇用問題を解決するために必要な権限を付与されている。すなわち,労働基準監督署長は,臨検,尋問,許可,認定,審査,仲裁の権限を有し(同99条3項),労働基準監督官は,事業場の臨検,帳簿・書類の提出要求,尋問の権限を有する(同101条1項)ほか,逮捕・捜索などの刑事訴訟法に規定する司法警察官の職務を遂行することができる(同102条)。他方,使用者は,監督行政システムの一環として,労働者名簿の調整(同107条),賃金台帳の調整(同108条),記録の保存(同109条),報告出頭(同104条の2)等の義務を負う。なお,労働時間規制の適用除外(同41条3号)のように,許可に関する法定基準が設けられている場合はそれを遵守すべきことは当然であり,基準を満たさないケースについて許可を行ったときは,労働者に対する国の損害賠償責任(国賠1条)が生じうる。
  b) 労働者は,労基法または同法に基づく命令に違反する事実がある場合には,その事実を監督機関に申告することができる(労基104条1項)。使用者は,この申告を理由として解雇その他の不利益取扱いをしてはならない(同条2項)。労働法コンプライアンスを確保するために不可欠の規定である。ただし,この申告によって労基署等の監督機関に調査等の措置をとるべき職務上の作為義務が生ずるかについては,労基法104条が申告手続や監督機関の対応に関する規定を設けていないことを理由に否定されている。」