大阪市交通局事件‐大阪地判 平31・1・16 労働経済判例速報2372号17頁

【事案】
 Xらが,Yに対し,職務命令等及び査定は,Xらの人格権としてのひげを生やす自由を侵害するものであると主張して,損害賠償等を求めたもの。

【判断】
「ア 地方公共団体は,その地方の事務を当該地域の住民の意思と責任の下に実施し,その職員である地方公務員は,全体の奉仕者として住民全体の公共の利益のために勤務するものであって(地公法30条),その職務を行うに当たっては公務に対する住民の信頼を損なわないように遂行することが要請されるから(同法33条),住民の意見や住民の代表である議会での議論を踏まえつつ,公務に対する住民の信頼を損なわないように職員の服務を規律することは地方公共団体の責務である。
 Y及び交通局において,ひげを含む身だしなみに関する諸規程が設けられていること(…)も,かかる要請に基づくものであると認められる。
 イ 他方において,ひげを生やすか否か,ひげを生やすとしてどのような形状のものとするかは,服装や髪型等と同様に,個人が自己の外観をいかに表現するかという個人的自由に属する事柄であるという面も存在する。特に,ひげは,服装とは異なり,着脱が不能であり,労働者のひげに関する服務中の規律は,勤務関係又は労働契約の拘束を離れた私生活にも及び得るものであることに鑑みると,労働者のひげに関する服務規律は,事業遂行上の必要性が認められ,かつ,その具体的な制限の内容が,労働者の利益や自由を過度に侵害しない合理的な内容の限度で拘束力があると認めるのが相当である。
 ウ(ア) 以上を踏まえて本件についてみると,上記アのとおり,交通局において,従前から乗務員に対し,服装の正整や容姿の端正を求めていることには正当な理由があると認められ,ひげについても,清潔感を欠くとか,威圧的印象を与えるなどの理由から,社会において,広く肯定的に受け容れられているとまではいえないのが我が国における現状であること(書証略)に鑑みると,窓口において市民や利用者と対応する職員はもとより,業務中に利用者に対応する機会のある運転士を含む地下鉄乗務員に対しても,本件身だしなみ基準のように,「整えられた髭も不可」として,ひげが剃られた状態を理想的な身だしなみとする服務上の基準を設けることそれ自体には一応の必要性ないし合理性があると認められる。
 (イ) もっとも,①地下鉄運転士がひげを生やしていることが,直接的に,その本来的な業務である地下鉄の安全かつ的確な運行に支障を生じさせるものとまではいえないこと,②ひげを生やすことが,上記のように社会において広く肯定的に受け容れられているとまではいえないとしても,市民や乗客においてひげを嫌悪することも,また個人の嗜好に基づくものであるという面も否定できないこと,以上の点に鑑みると,地下鉄運転士に対して,職務上の命令として,その形状を問わず一切のひげを禁止するとか,単にひげを生やしていることをもって,人事上の不利益処分の対象とすることは,服務規律として合理的な限度を超えるものであるといわざるを得ない。」

「E所長を始めとするXらの上司は,再三にわたり,Xらに対し,本件身だしなみ基準に従って,ひげを剃るよう指導していたことが認められるところ(…),①E所長らは,下記I運輸長の発言の点を除いては,Xらに対し,「ひげを頼むで」などの表現により,任意にひげを剃ることを求めていたこと,②X1は,K代理に対し,上司からひげに関する指導を受けた認識はない旨述べていたこと(…),③Xらは,実際にひげを剃っていないこと(…),以上の事実が認められる。
 これらの事実に照らすと,Xらの上司らが,Xらに対し,業務命令としてひげを剃ることを求めていたとは認められず,Xらが主張する発言(ただし,後記イの点を除く。)について,国賠法上の違法性があるとは認められない。
 イ もっとも,…I運輸長は,…乗務運輸長という上位の立場にあって,X2に対し,人事上の処分や退職を余儀なくされることまでを示唆して,ひげを剃るよう求めたことが認められ(…),I運輸長の発言については,身だしなみについて任意の協力を求める本件身だしなみ基準の趣旨を逸脱したものであるといわざるを得ない。
 したがって,I運輸長の同発言については,国賠法上違法であったと認めるのが相当である。」

「Xらに対する人事考課において,「市民・お客さま志向」及び「規律性」の項目(X2については,「規律性の項目」)につき減点評価されたのは,主として,Xらがひげを生やしていることを理由としたものであると認められる。そして,…ひげを生やす自由の性質及び本件身だしなみ基準の位置付け,…人事考課シートの具体的な記載内容等を踏まえると,上記評価は,人事考課における使用者としての裁量権を逸脱・濫用するものであるといわざるを得ない。」

「Xらに対する本件各考課は,いずれも裁量権を逸脱・濫用したものであると認められるところ,本件身だしなみ基準の趣旨目的,本件各考課の内容及びひげを生やすか否かは個人的自由に関する事項であること(…)に鑑みると,本件各考課の内容については,Xらの人格的な利益を侵害するものであり,適正かつ公平に人事評価を受けることができなかったものであって,国賠法上違法であると評価するのが相当である。」