A庵経営者事件‐福岡高判 平29・1・18 労働判例1156号71頁

【事案】
 Xらが、Yに対し、Kが自殺したのは長時間労働及びYの暴行等により精神疾患を発症したことによると主張して、損害賠償等の請求をしたの。
 Yが、控訴。

【判断】
「(1) KがA庵に(ママ)従事していた業務は・・・のとおりであり、業務内容としてそれ自体Kに強度のストレスをもたらすようなものは特に含まれておらず、Kがそれまで飲食店での勤務経験を有していなかったことを考慮しても、その業務内容そのものが、Kの精神に変調をきたすような過重なものであったとは認められない。そして、・・・A庵で稼働していたのが、基本的にはYとKの2人のみであったとしても、A庵が完全予約制の飲食店で、しかも、1日に昼と夜に各1組の予約を取るにすぎず、一軒家を改築したもので、さほど広くもなく、離れ等があるわけでもなく、その業務形態、構造等においてKの業務が繁忙になるような要素は見当たらないといえる。
 もっとも、Kは、・・・本件死亡前の半年間、恒常的に1か月80時間前後の時間外労働をし、定休日であった月曜日にも出勤することがあった。しかし、上記のとおり、A庵の業務がそれ自体繁忙なものとはいえず、むしろ比較的閑散なものというべきであり、同業務のうちKが行っていた業務もそれ自体が長時間の時間外労働を必要とするような業務量とはいい難いものである。このことからすると、上記時間外労働時間のうちに就労を伴わずにKが任意かつ自発的にA庵にとどまっていた時間が相当時間含まれていたものと推認されるから、KがA庵にとどまっていた時間が長時間に及んでいたこと自体が、Kに対し過大な心理的負荷を与えるものであったとは未だ認めることが困難である。
 しかしながら、・・・Kは、A庵における1年余りの勤務期間中、Yから恒常的に強い叱責を受け、少なくとも2回の暴行(いずれも右平手打ちによる左顔面の殴打)を受けることもあったというのである。上記叱責及び暴行は、KがYの度重なる注意にもかかわらず、同様の間違いを繰り返し行ったことに起因するものであるところ、Kが上記のような間違いを繰り返し行ったことについてYが注意することは当然であるし、その態様が単なる注意にとどまらず、時として激しい叱責に及ぶこともやむを得ない側面もある。しかし、Kは、Yのいうところによれば、度重なる注意にかかわらず同じ間違いを数回どころか数十回も繰り返していたというのである。そのような属性を有するKに対し、間違いが重なるごとに注意ないし叱責を繰り返した場合、Kが自己の不甲斐なさを認識していればなおさら、Kに対し過度の心理的負荷ないし自己否定感をもたらすことは想像に難くない。さらに、YがKに対し、上記叱責の過程で少なくとも2回にわたり顔面を平手で殴打する暴行を加えることは、Kに対するさらなる心理的負荷を与えるものであったことは明らかである。現に、Kは、・・・Yの叱責及び暴行を相当気に病んでいた状況が明らかであり、これらによる強い心理的負荷を受けていたというべきである。」
「(4) ・・・KのA庵での業務は繁忙なものとはいい難く、その業務遂行自体がKに対し著しい心理的負荷を与えたものとはいえないというべきであるが、その過程でなされたYのKに対する叱責及び2回にわたる暴行がKに対する大きな心理的負荷となり、Kをして自己否定の念を高じさせ、ひいては自暴自棄にさせて本件行為に及ばしめるに至ったというべきである。したがって、KがA庵での勤務の過程でYから受けた叱責・暴行と本件行為との間には因果関係が認められるというべきである。」

「使用者は、労働者を使用するに当たり労働者の労働時間や休日等の取得状況を適切に管理把握し、過重労働等によって労働者が心身の健康を害することがないように配慮する義務を負うとともに、業務遂行の過程においても、業務指導の範囲を超えた労力や苛烈な叱責により労働者が心身の健康を害することがないように配慮すべき注意義務を負っているというべきである。前記認定判断のとおり、A庵におけるKの業務内容はそれほど繁忙なものではなかったとはいえ、Yは、Kを月80時間前後に及ぶ長時間労働に従事させた上、Kに対し恒常的に強く叱責し、その叱責の中で少なくとも2度の暴行に及んでいたものである。前記のとおり、上記叱責及び暴行は、KがYの度重なる注意にもかかわらず、同様の間違いを繰り返し行ったことに起因するものであるところ、Kが上記のような間違いを繰り返し行ったことについてYが注意することは当然であるし、その態様が単なる注意にとどまらず、時として激しい叱責に及ぶこともやむを得ない側面もある。しかし、Kは、Yのいうところによれば、度重なる注意に(ママ)かかわらず同じ間違いを数回どころか数十回も繰り返していたというのである。そのような属性を有するKに対し、間違いを重ねるごとに強い注意ないし叱責を繰り返せば、Kが自己の不甲斐なさを認識していればなおさら、Kに対し過度の心理的負荷ないし自己否定感をもたらすことは想像するに難くない。さらに、YがKに対し、上記叱責の過程で少なくとも2回にわたり顔面を平手で殴打する暴行を加えることは、Kに対するさらなる心理的負荷を与えるものであって、いずれも使用者の労働者に対する対応としてきわめて不適切なものというべきである。したがって、Yの行った上記叱責及び暴行は、使用者の労働者に対する指導・対応の範囲を逸脱するものであり、上記注意義務を怠るものというべきである。そして、そのような叱責及び暴行を繰り返せば、Kに著しい心理的負荷を与え、その結果自暴自棄になったKが本件行為のような自傷行為ないし自殺行為に及ぶことも予見可能であったというべきであるから、Yの行った上記叱責及び暴行は、Kに対する不法行為を構成する。」

「(5) 前記のとおり、YがKに対してした叱責及び暴行は、使用者の労働者に対する指導・対応の範囲を逸脱するもので、Kに対する不法行為を構成する。そして、Yの上記叱責及び暴行が、A庵における長時間労働と相まってKによる本件行為に至らせたものといえる。しかし、他方、度重なる注意を受けても数回どころか何十回も同じ仕事上の間違いを繰り返すKに対し、使用者であるYが注意することは当然であるし、その態様が単なる注意にとどまらず、時として激しい叱責に及ぶこともやむを得ない側面もあることは前記のとおりである。また、Kが本件行為に及んだことが何らかの精神疾患に罹患した結果であると認めるに足りる証拠はなく、それ自体極めて短絡的な行為であると評価せざるを得ず、Yにとって法的には予見可能性があるとはいえても、通常は想定し難い事態であるというほかない。このような点を考慮すると、Kの本件死亡という結果を招いたことについてYにそのすべての責任を負わせるのは相当とはいえず、公平の観点から、過失相殺の法理を適用ないし類推適用してYがXらに対して支払うべき金額を一定の割合で減額するのが相当である。」