ケイズインターナショナル事件-東京地判 平4・9・30 労働判例616号10頁

【事案】
 インテリアデザインの企画設計等を目的とする会社であるXは、平成2年5月、訴外会社との間で、ビルのリニューアル工事に関し、報酬を1か月60万円、期間を2年間とする事務室の移動計画設計業務等のインテリアデザイン契約を締結した。
 当時、Xの従業員は全員が女性であったところ、訴外会社から当該業務を男性社員に担当させることを求められたため、同月28日、訴外会社の担当する社員(そのことを十分に説明した上で)として、Yを採用したが、Yは、同年6月4日ころ、病気を理由に欠勤し、結局退職した。(Yと訴外会社との契約は解約となった。)
 訴外会社との契約の解約により損害を被ったとするXが、Yに対し、Yが当該損害のうち200万円を支払うことを約束したとして、当該賠償を求め提訴。

【判断】
「(二) Yは、YがXを退職したことについては、試用期間中であって解約は自由であり、また、病気というやむを得ない事由があったから、右損害につきYには責任がない旨主張する。
(1) しかし、XとYとの間の本件契約が、試用期間付の契約であったことを認めるに足りる的確な証拠はない。・・・Yは、Xに雇用された直後から、単独で、訴外会社との契約に基づく仕事先である霞が関ビルにおいて仕事をしていたものであって、Xにおいて、これを指導し、あるいはその仕事ぶり・人物・能力等を評価するための特別の手段を講じた形跡が全くない事実に照らすと、Yは当初から本採用(正社員)されたものと認められる。
 したがって、Yの右主張は、その前提を欠くのでその余の点につき検討するまでもなく理由がない。
(2) また、Yは、その本人尋問において、「周囲からも変な目で見られ、頭痛がして、食欲がなくなり、歩くのも困難な程であった。」と供述する(〈証拠略〉にも同様の記載がある。)が、(証拠略)及びY本人尋問の結果によると、Yが平成2年6月4日頭痛を訴えて…病院において診察を受け、CT検査を受けたものの、特に所見は得られなかったこと、また、Yは同年6月10日過ぎころからは別の会社にアルバイトに行っていることが、それぞれ認められ、これらの事実に照らすと、Yの右供述部分は到底採用できず、他にはYが当時Xの勤務を継続できない病状にあったとのY主張事実を認めるに足りる証拠はない。
 したがって、右主張も採用の限りでない。」
「(一) Yが、Xに対し、右損害に関し200万円を支払うことを約束したことは当事者間に争いがない(・・・その時期は、平成2年7月ころと認められる。)。
(二) Yは、右意思表示は、X代表者の強迫に基づくものであると主張する。
 しかし、右主張に副うY本人の供述及び(証拠略)は到底措信できない。
 すなわち、X代表者及びY本人各尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、X代表者がYに対し、前記損害につきそれなりに強硬な態度でその賠償を求めたであろうことは想像に難くないところである。しかし、右各証拠によれば、Yは36歳の男性であるのに対し、X代表者は同年齢の女性であり、しかも、右損害賠償についての交渉は、X代表者からの求めに応じて、YがXの事務所に赴き、夜の7時30分ころ、X代表者の他に女子職員1名が同室している状況で行われ、Yが抵抗したり退席しようとすればさほどの困難なしに実行可能な状況であったことが認められる。また、Yは、Xがやくざと関係があると思っていたから、それを畏れて(〈証拠略〉)を作成したとも供述するが、XないしX代表者がやくざと関係がある事実を認めるに足りる客観的な証拠は全く存しない(・・・)。
 したがって、Yの前記供述からY主張事実を認めることはできない。」
「(1) ところで、前記認定のとおり、Xは1,000万円の得べかりし利益を失ったことになるものの、Yに対する給与あるいはその余の経費を差し引けば実損害はそれほど多額なものではないと認められる。
 また、X代表者及びY本人各尋問の結果によれば、Xは、Yを採用し、Xの直接の監督の及ばない訴外会社との前記契約に基づく仕事を単独でさせるにもかかわらず、Yの人物、能力等につき、ほとんど調査することなく、紹介者の言を信じたにすぎなかったことが認められるから、Xには採用、労務管理に関し、欠ける点があったと言わざるを得ない。
 さらに、そもそも、期間の定めのない雇用契約においては、労働者は、一定の期間をおきさえすれば、何時でも自由に解約できるものと規定されているところ(民法627条参照)、本件において、YはXに対して、遅くとも平成2年6月10日ころまでには、辞職の意思表示をしたものと認められないではないから(そうすると、月給制と認められる本件にあっては、平成2年7月1日以降について解約の効果が生ずることになる。)、XがYに対し、雇用契約上の債務不履行としてその責任を追及できるのは、平成2年6月4日から同月30日までの損害にすぎないことになる。
 さらにはまた、労働者に損害賠償義務を課すことは今日の経済事情に適するか疑問がないではなく、労働者は右期間中の賃金請求権を失うことによってその損害の賠償に見合う出損をしたものと解する余地もある。」
「Yは本件雇用契約に基づきXから給与等の支払いを全く受けていないこと、Xが本訴を提起するにいたった重要な要因として、X側からの前記のとおりの客観的裏付けを欠く、X代表者がYを「やくざを使って腕の1本や2本も折ってもどうってことはない」等語気荒く強迫して前記確約書を書かせた、これは恐喝罪に当たる等と極め付ける内容の内容証明郵便を送付したことにあると考えられること、本訴においても、Y側はXに対して右同様の非難を繰り返すのみで、その主張につき十分な立証ができないにもかかわらず、かたくなに話し合いによる解決を拒絶していること等をも総合考慮すると、XがYに対して請求することができるのは、本件約定の200万円のおおよそ3分の1の70万円及びこれに対する弁済期の経過後である本件訴状送達の日の翌日である平成3年5月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金に限定するのが相当である。」