大生会事件

医療法人大生会事件‐大阪地判 平22・7・15 労働判例1014号35頁

【事案】
 Xが、Yに対し、未払賃金、解雇予告手当、損害賠償金等の支払を求めたもの。

【判断】
「(1) Xは、平成21年1月19日、Yとの間で基本給の額を月額18万円とする期限の定めのない雇用契約を締結したことは、当事者間に争いがない。
(2) Yは、XY間において、同年3月1日以降、Xの基本給について月額15万円に変更する合意が成立した旨主張する。
 ・・・、Yは、ハローワークを通じて求人するに当たり、賃金について、日給月給制で月額20万から25万とする条件を示していたこと、平成21年1月13日にYのCは、Xの採用面接を行い、その際にXに対し、給与についてYの規定により月額18万円である旨説明し、Xの了解を得たこと、その際、上記Cから査定等により給与が減額になることがあることについての説明はなかったこと、Xは、Yの総務事務部門において経理を担当することとされ、同月19日から勤務するようになったこと、同年2月28日こと、Yは、Xに対し、同年2月分の給与として基本給13万7500円を支給したが、この額は、月額18万円を前提にYにおいて出勤日数に応じて減額した金額であること、同年2月28日ころ、Aは、Xに対し、同年3月1日以降総務管理に配置換えとする旨を命じ、Xの給与について15万円とする旨を口頭で通知したが、辞令等が交付されたわけではなく、Xが書面により同意することもなかったこと、Xは、3月分の給与を支給される前である同月14日にAから解雇通告を受け、同月28日以降は出勤しなくなったことが認められる。
 以上の事実によれば、①Xは、Yに就職するに当たり、給与については、Yの規定によって基本給月額18万円となったものと理解していたこと、②現に、Yは、平成21年2月28日ころ、基本給について18万円とする前提のもとに計算された給与をXに対して支給したこと、③Aは、同日ころ、Xに対して基本給を15万円とする旨通知したが、Xがこれに明示的に同意したことはなかったこと、④Xは、実際に基本給が減額された給与を受け取る前に解雇予告を受け、出勤しなくなったことが認められる。かかる事実に照らす限り、本件全証拠によっても、Xが基本給の減額に同意した事実を認めることはできないというべきである。
 したがって、同年3月1日以降のXの基本給について月額15万円とする合意が成立した旨の上記Yの主張には理由がない。」

「平成21年3月14日、Yが、Xに対し、同年4月14日限り解雇とする旨の解雇予告をしたことは当事者間に争いがない。しかるに、Xは、Yによって同年3月28日以降の労務の提供が困難な状況に追い込まれたとして、同日から同年4月14日までの期間分の賃金相当額を解雇予告手当として請求している。
 しかしながら、労基法20条1項本文に定める解雇予告手当は、解雇予告の期間が、30日に満たない場合に発生するものであるところ、本件におけるXに対する解雇予告は30日以上の期間を定めて行われたものであるから、Xは、解雇予告手当を請求することはできない。仮に、Xが同月28日以降の就労を拒絶されたというのであれば、労働契約期間中の賃金について賃金請求をすれば足りるのであって、解雇予告後、予告期間中に労務の提供を取りやめたからといって、解雇予告手当の請求をすることはできないと解される。
 したがって、XのYに対する解雇予告手当の請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。」

「エ Xの業務は所定始業時間にならないと始められない業務ではなかったため、Xは、出勤した際、タイムカード打刻後直ちに業務にとりかかっていた。また、Xが所定の休憩時間を超えて休憩することはなかった(弁論の全趣旨)。
オ Xが勤務していた当時、Aは、午後6時ころに総務部門の部屋に来て、決裁書類等の処理を始めていた。そのため、派遣労働者を除く総務部門の従業員は、特段の用事のない限り、所定就業時間後もAが午後10時ころに「終わるぞー」と号令をかけるまでは退勤することはせず、職場に残ってY経営の各病院から送付されてくる日報の整理、経理関係の事務処理、午後8時以降の病院の施錠、当直の医師が来た場合の開錠、さらにAに指示されたコピー取りや食事の買い出しなどの業務を行っていた(〈人証略〉、X本人)。
カ 同年3月9日、Xは、午後9時ころに退勤したが、その後の午後10時ないし11時ころ、Aから電話ですぐに戻ってくるように指示を受けた。Xが「帰りの電車がないので行けません」と述べてその指示を拒んだところ、翌日、Xのタイムカードはタイムレコーダーから取り去られており、Xがタイムカードを押すことはできない状態にされた(〈証拠略・人証略〉、X本人)。
(2) 以上の事実によればタイムカードの出勤打刻の時刻から退勤時刻まで、所定の休憩時間である60分を除くほか、XはYの指揮監督下にあったと認めるのが相当である。したがって、同年1月19日から同年3月27日までの期間におけるXの労働時間は、タイムカードの出勤打刻(・・・)から退勤打刻(・・・)までの時間(休憩時間60分を除く)と認められる。
 この点、Yは、仮にXが所定終業時刻以降も職場に残っていたとしても、所定終了時刻以降にXが行うべき業務はなかったものであり、XはYの指示ないし命令に基づいて残っていたのではなく、自己の意思で残っていたに過ぎないとし、所定終業時刻以降についてはXはYの指揮監督下になかった旨の主張をする。しかしながら、・・・所定終業時刻以降に総務部門の従業員が行うべき業務は恒常的に存在していたものであるところ、Xがそのような業務に従事しないで済んだとは考えられないし、現に、Xは早めに帰宅した日にはAから呼び出されたりしたこともあるのであって、上記のYの主張は根拠がないものといわざるを得ない。したがって、所定終業時刻以降Xが労働した事実はない旨の上記のYの主張は、前記認定を左右するものではない。」

「Yは、Xについて、総務経理を担当した時期に伝票の記載を的確に行わないことがあったこと、その後総務管理を担当した時期に、採用面接に関する応募者とのやりとりに不適切な点があったこと、稟議書の作成に時間がかかりすぎ、文章の内容もわかりにくかったこと、仕事への取り組み姿勢に積極性がみられなかったこと等を問題視し、解雇予告をしたものであると認められる。
 しかしながら、Yが解雇予告をしたのは平成21年3月14日であるところ、この段階では、XがYに採用されて2か月程度しか経っておらず、しかも、Yの指示により総務管理に配置換えになってからは2週間しか経っていなかったのである。そうであれば、Xが事務処理を的確に行わないことがあったり、業務の取組み姿勢(ママ)問題があったとしても、そのことだけをもって解雇理由になしえないことは明らかである。のみならず、本件においては、全証拠を総合しても、YがXに対して研修等により執務能力の改善を図った事実を認めることもできない。そうすると、Yが問題視した事情が仮に存在したとしても、およそ客観的に合理性のある解雇理由にはなり得ない。
 以上によれば、YによるXの解雇は権利の濫用に当たることは明らかである。しかも、Yは解雇予告を行うに際して何ら解雇理由についての説明をせず、その後においても業務命令違反と称して基本給の半分に当たる金員を一方的に給与から控除するなどの嫌がらせを行うなどしたのであって(〈証拠略〉、X本人、弁論の全趣旨)、このようなYの態様に照らすと、Yの行った上記解雇は、Xの雇用契約上の権利を不当に奪い、精神的苦痛を与えたものとして、不法行為法上も違法性を有し、YはXに対して慰謝料の支払義務を負うというべきである。」

「労基法は、労働時間について罰則による厳格な規制下を(ママ)置くとともに(同法32条以下、同法119条)、使用者みずからが労働時間の把握をすべきものとし(労基法108条、同法施行規則54条1項参照)、さらに、使用者に対して賃金その他労働関係に関する重要な書類についての保存義務を課している(労基法109条)。このように、労基法上、使用者が労働時間の把握をすべきものとされ、使用者に賃金その他労働関係に関する重要な書類についての保存義務を課しているのは、労働者保護の観点から、労働時間についての規制を実効あらしめるとともに、仮に労働時間について当事者間で紛議が生じた場合には、これを使用者が作成し、保管している労働関係に関する書類によって明らかにし、労働者と使用者との間の労働条件や割増賃金等に関する紛争の発生を未然に防止し又は生じた紛争を速やかに解決することを図ったものと解するのが相当である。
 このような労基法の趣旨に加えて、一般に労働者は、労働時間を正確に把握できない場合には、発生している割増賃金の支払を求めることができず、大きな不利益を被る可能性があるのに対して、使用者がタイムカード等の機械的手段によって労働時間管理をしている場合には、使用者において労働時間に関するデータを蓄積、保存することや、保存しているタイムカード等に基づいて労働時間に関するデータを開示することは容易であり、使用者に特段の負担を生じないことにかんがみると、使用者は、労基法の規制を受ける労働契約の付随義務として、信義則上、労働者にタイムカード等の打刻を適正に行わせる義務を負っているだけでなく、労働者からタイムカード等の開示を求められた場合には、その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り、保存しているタイムカード等を開示すべき義務を負うものと解すべきである。そして、使用者がこの義務に違反して、タイムカード等の機械的手段によって労働時間の管理をしているのに、正当な理由なく労働者にタイムカード等の開示を拒絶したときは、その行為は、違法性を有し、不法行為を構成するものというべきである。
 本件においては、・・・Yは、同月10日、Xのタイムカードを取り上げ、同月15日までの間、Xがタイムカードを打刻できないようにしたものであるが、本件全証拠によってもYのかかる措置に正当な理由があったと認めることはできない。また、本件全証拠によっても、Yが同月28日にタイムカードの開示を求められた際にこれを拒み得る特段の事情があったと認めることもできない。」

 │  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote  (12:00)