使用者は、労働契約の不履行について違約金を定めたり、損害賠償の額を予定したりすることはできない。(労基法16条) 民法では、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができるとされているところ(民420条1項)を強行法規である労基法によって修正している。

ただし、労基法16条は、金額を予定することを禁止しているものであって、現実に生じた損害について賠償請求することを禁止する趣旨ではないとされている(昭22・9・13 発基17号)ことから、労働者が業務を遂行する際に使用者に対して何らかの損害を生じさせた場合、使用者が労働者に損害賠償責任を負わせることがあり、その際、その賠償範囲が問題となる。

「使用者に生じた損害の分配を考えるにあたっては、二つの視点が不可欠である。第一は、事故の原因をいかに考えるか、である。人間とはいかに注意しても過失を犯す可能性がある存在であり、使用者はこうした労働者の労働によって事業目的を達成しようとする以上、労働者の犯す過失はあらかじめ想定して管理体制を構築すべきである。すなわち、労働者が過失を犯しにくい職場環境を整備すること(とくに長時間・過密労働を避けること)、労働者が過失を犯してもそれが損害発生につながらない体制をとること、そして損害が生じた場合の危険を分散すること(保険の利用)は、労働の利用によって利益追求などの事業目的を達成しようとする使用者の責任範囲に属する。発生した事故に労働者の過誤が関係しているとしても、それを労働者のみの責任に帰すのは公平とはいえない。
 第二に、損害賠償義務を負わされることによって、労働者の生活が危殆化することも考慮されるべきである。労働者の扱う機械の高額化や業務の影響範囲の拡大につれて、わずかな過失が莫大な損害をもたらすおそれがあるが、それを労働者に賠償させることは労働者の生活を長期にわたって危うくする可能性がある。そうした事態は、「人たるに値する生活」の理念(労基法1条1項)に反するというべきである。」(西谷敏『労働法』203-204頁,日本評論社,2008年)

「 第1に、労働義務の手段債務たる性質ないし他人決定的性格が挙げられる。労働契約は、労働それ自体を目的とする契約であり、請負のように仕事の完成を目的とする契約ではない。したがって、労働義務の内容は、指揮命令に従って誠実に労働し、結果達成に向けて必要な行為をする債務(手段債務)に尽きる。したがって、使用者が目的達成に開発する指示を発し(たとえば一定の売上げ達成の指示)、労働者がこれに従って誠実に労働していれば、指示された結果を達成できず、外形上、指示に反して使用者に損害を与える結果となったとしても、労働義務違反とはならず、損害賠償責任の問題は生じない。また、使用者の指示が抽象的で不明確な場合は、指揮命令違反の事実自体が否定され、損害賠償責任が否定される。
 第2に、労働者が指揮命令に反するなどして労働義務に違反したとしても、そこから生ずる損害の全責任を労働者に負わせることは適切でない。まず労働契約においては、使用者は事業遂行のために労働者の労働力を利用し、そこから生ずる利益を取得するものであるから、事業遂行から生ずる危険の一端は使用者が負担すべきものと考えられる(報償責任・危険責任原理)。また、労働契約は他人決定的性格を有するため、労働者は過重労働の下で、損害発生の原因となる労働の単調性を避けられなかったり、使用者との交渉力格差(圧力状態)の下で、結果的に使用者に損害を与えるような業務命令を拒否できないことが多い。この点からも、労働義務違反から生ずる損害をすべて労働者に負わせることは妥当性を欠く。労働者の損害賠償責任の制限理論は、こうした考慮から発展した法理であり、その根拠は、損害の公平な配分という法(不法行為法)の基本原理とともに、信義則(労契3条4項)に求められる。」(土田道夫『労働契約法』164-165頁,有斐閣,2008年)

「使用者は、不法行為に基づく損害賠償および求償権の(民715条)行使に際して、「損害の公平な負担という見地から信義則上相当と認められる限度において」のみ、被用者に対し損害の賠償または求償の請求をすることができる。この判断は、債務不履行(労働義務違反)を理由とする損害賠償請求にも応用されている。責任制限の基準は、①労働者の帰責性(故意・過失の有無・程度)、②労働者の地位・職務内容・労働条件、③損害発生に対する使用者の寄与度(指示内容の適否、保険加入による自己予防・リスク分散の有無等)に求められる。」(菅野和夫『労働法〔第9版〕』84頁,弘文堂,2010年)

「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な負担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。」(茨城石炭商事事件-昭51・7・8 最一小判)

「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り、又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解される(最高裁昭和51年7月8日判決・民集30巻7号689頁参照)ところ、右の理は、使用者が、雇用契約の債務不履行に基づき、被用者に対し損害の賠償を請求する場合も同様であると解するのが相当である。」(丸山宝飾事件-平6・9・7 東京地判)