使用者が、労働者による労働契約上の債務不履行について違約金を定めたり、損害賠償の額を定めたりすることは禁じられている(労基16条)。

法(労基16条)は、使用者が労働者によって損害を被った場合にその賠償の予定をしておくことを禁止するものであって、現実に生じた損害について、労働者に対し賠償請求をすることを禁止するものではない(昭23・9・13発基17号)。

現実に損害が生じているからといって、弁済額や弁済方法等について労使で十分に話合うこともなく、使用者が損害と認識している額を労働者に支払うべき賃金から一方的に相殺したり、賃金の支払を拒むことは認められない(労基24条)。(話合いがつかないのであれば、別途、賠償請求することを要する。)

「労働者の賃金は、労働者の生活を支える重要な財源で、日常必要とするものであるから、これを労働者に確実に受領させ、その生活に不安のないようにすることは、労働政策の上から極めて必要なことであり、労働基準法24条1項が、賃金は同項但書の場合を除きその全額を直接労働者に支払わねばならない旨を規定しているのも、右にのべた趣旨を、その法意とするものというべきである。しからば同条項は、労働者の賃金債権に対しては、使用者は、使用者が労働者に対して有する債権をもって相殺することを許されないとの趣旨を包含するものと解するのが相当である。このことは、その債権が不法行為を原因としたものであっても変りはない」(日本勧業経済会事件-最大判 昭36・5・31)

現実に生じた損害についての賠償責任は、責任制限法理に基づいて判断される。

「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な負担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。」(茨城石炭商事事件-最1小判 昭51・7・8)

「労働者は使用者の指揮命令に従って誠実に労働する義務を負うので、労働義務違反によって使用者に損害を与えれば、債務不履行による損害賠償責任を免れず、原則として相当因果関係にある全損害の賠償責任を負う(民415条・416条)。指揮命令に反する労働によって使用者の損害が拡大した場合は、拡大損害も相当因果関係にある損害に含まれる(積極的債権侵害)。また、労働者の行為が不法行為の要件を満たせば、民法709条による損害賠償責任も発生する。近年には、付随義務違反を含めて、労働者の損害賠償責任を追及するケースが増えている。しかし、それは同時に、資力に乏しい労働者にとって過酷な結果をもたらすため、学説・裁判例上、労働契約の特質を考慮した責任制限法理が形成されている。」(土田道夫『労働契約法』164頁〔有斐閣,2008年〕)

「労働者の職務に関連してなされた行為が、労働契約上の義務に反すること、ならびに使用者に損害が発生することを認識していながら行われたものである場合、すなわち故意に基づく行為によって使用者に損害が発生した場合には、労働者の責任の制限について特段の配慮をする必要はないであろう。実際、営業労働者や経理担当者による金銭の着服(横領)、会社の商品、製品、材料などを密かに持ち帰る行為(窃盗)、会社に損失を与えることが明らかな取引(背任)、企業秘密の漏洩等々の不正行為によって被った損害について、使用者に甘受するよう求めることのできる根拠を見出すことは難しい。
 しかし、使用者の損害が、労働者の不注意によって機械や器具が破損された、商品を盗まれた等々、職務遂行の際の過失から生じた場合にも、民法の一般原則をそのまま適用して賠償責任を負わせることが妥当なのか。労働者の責任制限法理は、この問題に応えようとするものである。」(角田邦重「労働者に対する損害賠償請求」日本労働法学会編 講座21世紀の労働法 第4巻『労働契約』105-106頁〔有斐閣,2000年〕」