福岡セクシャル・ハラスメント事件-福岡地判 平4・4・16 判例時報1426号49頁

【事案】
 Xは、Y1に当初はアルバイトとして入社し、3か月後、正社員となった。
 Xは、入社後間もなく、編集業務等に関与するようになり、仕事量は次第に増加し、Y1における立場の重要性が増していった。
 編集長であったY2は、Y1におけるXの重要性が増すにつれ、Xを煙たがるようになり、約2年間に亘り、裏付けもなく、社内外の者にXの異性との交遊関係が派手である旨述べるなど、男女関係に度々言及する等した。
 XとY2は、事務的な会話以外はあまりしないようになり、Y2は、仕事が円滑に回らなくなり職場の雰囲気も次第に悪くなったと感じ、このままではY1の業務に支障を来すことにもなりかねないと考えるようになり、Xに対し、Y1を辞めて欲しいと思うようになった。
 Y2は、Xに対し、Xと取引先の男性との関係に問題がみられる等の指摘をして退職するように求めた。
 Xは、Y1に救済を求めたが、XY2間でよく話し合い、場合によってはいずれかに退職してもらうほかに手段がないという対応であり、退職を余儀なくされることとなった。
 Xは、①Y2に対して、Y2のセクシャル・ハラスメント行為についての損害賠償、②Y1に対して、主位的にY2の使用者責任、予備的に労働環境整備義務違反による債務不履行責任等についての損害賠償を求め提訴。

【判断】
①について
「Y2が、Y1の職場又はY1の社外ではあるが職務に関連する場において、X又は職場の関係者に対し、Xの個人的な性生活や性向を窺わせる事項について発言を行い、その結果、Xを職場に居づらくさせる状況を作り出し、しかも、右状況の出現について意図していたか、又は少なくとも予見していた場合には、それは、Xの人格を損なってその感情を害し、Xにとって働きやすい職場環境のなかで働く利益を害するものであるから、同Y1はXに対して民法709条の不法行為責任を負うものと解するべきことはもとよりである。」
「Y1の一連の行動は、まとめてみると、一つは、Y1の社内関係者にXの私生活ことに異性関係に言及してそれが乱脈であるかのようにその性向を非難する発言をして働く女性としての評価を低下させた行為(・・・)、二つは、Xの異性関係者の個人名を具体的に挙げて(特に、それらの者はすべてY1の関係者であった。)、Y1の内外の関係者に噂するなどし、Xに対する評価を低下させた行為(・・・)であって、直接Xに対してその私生活の在り方をやゆする行為(・・・)と併せて、いずれも異性関係等のXの個人的性生活をめぐるもので、働く女性としてのXの評価を低下させる行為であり、しかも、これらを上司であるC専務に真実であるかのように報告することによって、最終的にはXをY1から退職せしめる結果にまで及んでいる。これらが、Xの意思に反し、その名誉感情その他の人格権を害するものであることは言うまでもない。また、Y2がXに対して・・・した退職要求の後XとY2との対立が激化してアルバイト学生からもC専務に職場環境が悪いとの指摘が出されるほどになった等からも明らかなように、右の一連の行為は、Xの職場環境を悪化させる原因を構成するものとなったのである。そして、Y2としては、前記の一連の行為により右のような結果を招くであろうことは、十分に予見し得たものと言うべきである。
 もっとも、Xの職場環境の悪化の原因となったのは、必ずしもY2の右一連の言動のみによるものではなく、自己の能力や同Y2の無責任さを意識して同Y2をライバル視し、Y1の内外関係者を影響下に入れてその業務の中心となることを目論んだとも窺われるXの姿勢、言動、気性なども寄与して生じたXとY2との対立関係にも大いに起因するものであり、本件について判断するに際しては、このような事情も十分考慮に入れるべきである。そして、このような状況の中では、相互に多少の中傷や誹謗が行われることはやむを得ないこととも考えられなくはない。しかしながら、現代社会の中における働く女性の地位や職場環境管理層を占める男性の間での女性観等に鑑みれば、本件においては、Xの異性関係を中心とした私生活に関する非難等が対立関係の解決や相手方放逐の手段ないしは方途として用いられたことに、その不法行為性を認めざるを得ない。」

②について
「使用者は、被用者との関係において社会通念上伴う義務として、被用者が労務に服する過程で生命及び健康を害しないよう職場環境等につき配慮すべき注意義務を負うが、そのほかにも、労務遂行に関連して被用者の人格的尊厳を侵しその労務提供に重大な支障を来す事由が発生することを防ぎ、又はこれに適切に対処して、職場が被用者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務もあると解されるところ、被用者を選任監督する立場にある者が右注意義務を怠った場合には、右の立場にある者に被用者に対する不法行為が成立することがあり、使用者も民法715条により不法行為責任を負うことがあると解するべきである。」
「C専務らにY1の職場環境を調整しようとの姿勢は一応見られ、その対処もあながち不当とまでは断言できないけれども、XとY2との対立の主たる原因となったのが、前記のようなXの異性関係等に関するY1の一方的な理解及びこれに基づく同Y1のXに対する退職要求等であった点については、正しく認識していたとは言い難い。そして、問題を専らXとY1との個人的な対立と見て、両者の話合いを促すことを対処の中心とし、これが不調に終わると、いずれかをY1から退職させることもやむを得ないとの方針を予め定めた上でC専務により両者の妥協の最後の余地を探ったものである。このように、C専務らは、早期に事実関係を確認する等して問題の性質に見合った他の適切な職場環境調整の方途を探り、いずれかの退職という最悪の事態の発生を極力回避する方向で努力することに十分でないところがあったということができる。また、C専務が・・・Xと面談した際にも、当初から判然と意図的にXのみを退職させて問題を解決しようとの心づもりであったとまでは断定し難いが、C専務は、双方面談の予定をまず先にXから面談し、その話合いの経緯から退職以外にはY2との対立関係の解消方法がない状況となってXがやむなく退職を口にするや、これを引き止めるでもなく直ちに話合いを打ち切り、次に面談する予定で待機させていたY2に対しては、解決策については特段の話合いは何もせず、Xが退職することを告げた上で3日間の自宅謹慎を命じたに止まったというのであり、このようなC専務の処理の経過や結果から見るとき、同専務らは、Xの退職をもってよしとし、これによって問題の解決を図る心情を持ってことの処理に臨んだものと推察されてもやむを得ないものと思われる(このことは、右に前後して、C専務がXに対して「Y2を一人前の男に仕立て上げねばならない。」、「Xが有能であることは分かっているが、男を立てることもしなければならない。」趣旨の発言をしていることからも窺われる。)」
「C専務らの行為についても、職場環境を調整するよう配慮する義務を怠り、また、憲法や関係法令上雇用関係において男女を平等に取り扱うべきであるにもかかわらず、主として女性であるXの譲歩、犠牲において不法行為性が認められるから、Y1は、右不法行為についても、使用者責任を負うものというべきである。」