学校法人尚美学園事件-東京地判 平24・1・27 労働判例1047号5頁

【事案】
 以前の勤務先において、パワー・ハラスメント及びセクシャル・ハラスメントを行ったとして問題にされたことを告知しなかったことなどを理由に Yを解雇されたYの設置する大学の教授であるXが、本件解雇が無効であるとして提訴。

【判断】
「平成18年1月16日のXの採用面接の時点では、Xの言動につき、U弁護士らによる調査が進行中であって、その結果次第では、Xの言動がパワハラ又はセクハラであるとして、Xが責任を追及される可能性があったと認められる。また、平成17年10月に報道があった問題であるから、結論が出れば報道される見込みが高く、本件大学に限らず、労働者を採用しようとする側が、問題の渦中に巻き込まれることを避けるために、かかる調査中の人物を不採用とするか、判断を留保するであろうことは、Xとしても、当然予測していたというべきである。Xは、本件大学に採用されれば、自分に不利な結論が出て報道の対象とされたとき、本件大学も取材を受けたり、批判を受けるなどの可能性があることを想定できたはずであって、これをYに告げなかったXに、批判されるべき点がないとはいえない。
 しかしながら、採用を望む応募者が、採用面接に当たり、自己に不利益な事項は、質問を受けた場合でも、積極的に虚偽の事実を答えることにならない範囲で回答し、秘匿しておけないかと考えるのもまた当然であり、採用する側は、その可能性を踏まえて慎重な審査をすべきであるといわざるを得ない。大学専任教員は、公人であって、豊かな人間性や品行方正さも求められ、社会の厳しい批判に耐え得る高度の適格性が求められるとのYの主張は首肯できるところではあるが、採用の時点で、応募者がこのような人格識見を有するかどうかを審査するのは、採用する側である。それが大学教員の採用であっても、本件のように、告知すれば採用されないことなどが予測される事項について、告知を求められたり、質問されたりしなくとも、雇用契約締結過程における信義則上の義務として、自発的に告知する法的義務があるとまでみることはできない。」
「Xは転職の理由につき「役所の仕事がもう限界である。」と述べたことが認められるが、転職の理由は、その本質からして主観的であり、仮に客観的には辞職しなければ更に責任を追及されるような状況にあったとしても、これを虚偽と言い切ることは困難である。また、Xが「自分は辞めたいが・・・理事会がないと辞めることができるかどうか分からない。」と述べたことについても、手続上の問題や業務上の必要性を述べたものと解することもできなくもなく、仮に客観的には既に辞職が決まっていたとしても、これを虚偽と言い切ることはできない。
 このような言辞や、健康上の理由である旨の言辞がXからあったのであれば、心身とも職務に耐え得る健康状態なのかや、現在の仕事の状況を聞いたり、YがXに内定を出してもXが辞職を望んでいるのに辞職できない可能性がある理由を質問するなりして、職場の人間関係のトラブルによる可能性はないかなどといった見地から検討したりすることも考えられたのであって、そのような質問をした上でその回答内容に虚偽があれば格別、これらの言辞のみをもって、信義則に違反するものということはできない。」
「Xによれば、平成16年9月、その4年前の平成12年のXのセクハラ問題が記載された新聞記事が流布されたというのであり、Xは、自分が社会的に注目されるような何かの契機に同様のことが起こる可能性があることを認識していたといえるから、平成20年春、当時学部長であったC教授に学科長就任を打診され、話す機会があったのであれば、セクハラ・パワハラ告発の問題の存在及び内容を告知することは、本件大学に対し、誠意ある態度ではある。
 しかし、このとき、Xは学科長就任の打診を断っており、専任教員としての採用に当たっての信義則上の義務違反が認められないのに、学科長就任を打診されれば、ここで改めてセクハラ・パワハラ告発の問題の存在及び内容を告知する信義則上の義務が発生し、義務違反になると認めるべき理由が見当たらない。また、Xが本件財団訴訟係属とそれによりXに対する報道機関等の関心が高まる可能性があることを認識していたとしても、本件財団訴訟の原告はBであり、原告ではないし、本件財団訴訟の存在等をYに告知すべきであるとすれば、実質的に、採用時には認められないセクハラ・パワハラ告発問題の告知義務を認めることになり、前記のように、これを認めない以上、本件財団訴訟の存在等についても信義則上の告知義務は認められないといわざるを得ない。」
「問題は、専任教員としての普通解雇の有効性であって、専任教員としての採用に当たっての信義則上の義務違反が認められないのに、学科長に就任すれば、ここで改めてセクハラ・パワハラ告発の問題の存在及び内容を告知する信義則上の義務が発生し、義務違反になると認めるべき理由は見当たらない。」
「Xの言動につき、それがセクハラ・パワハラに該当するのではないかと申し立てられたことは、平成18年1月以前から存在した事実であり、採用時にこれを看過し又はそのことを特に問題にすることなく採用し、その約3年後に至り、Xが当事者となっていない本件財団訴訟判決及びその報道で、Xの社会的評価が更に低下し、Yが社会的評価の低下の危機に晒されたとしても、それは採用以前から存在した可能性が現実化したにすぎない。」
「Xは、採用面接時、修士号・博士号、研究者又は教育者としての稼働経験がなく、特に研究や研修・教育に従事した経験も見当たらず、Yにとっては、さしたる情報のない、大学教授としての能力については未知数の人物であったといえる。Yは、このような人物を、期間の定めなく大学教授として採用しようというのであるから、その採用面接を含む審査については、慎重を期し、相当の注意を払ってしかるべきだったといえる。YがXを厚生労働省人事課長から紹介されたという点と、平成18年4月までの間に授業を担当する教員を採用する必要に迫られていたという点を考慮するにしても、セクハラ・パワハラ告発の問題を問題にするのであれば、採用前に、本人なり、紹介者である厚生労働省人事課長に聞くなり、Yの側で調べるなりすべきであったと言わざるを得ない。
 Xが、Xの言動につき、それがセクハラ・パワハラに該当するのではないかと申し立てられたことをYに告げなかったことなどにつき、信義則上の義務違反は認められず、社会的評価の低下等は採用以前から存在した可能性が現実化したもので、Yが採用時に看過し又は特にそのことを問題にしなかった問題から派生して、問題が生じたとしても、「簡単に矯正することのできない持続性を有する素質、能力、性格等に基因して、その職務の円滑な遂行に支障があり、または支障を生ずる高度の蓋然性が認められる場合」に該当するとして、専任教員勤務規程第18条3号の事由の存在を理由に、Xを普通解雇することはできないといわざるを得ない。」
「専任教員勤務規程第18条6号の「前号」を「前各号」と解するとしても、「その他、前各号に準ずるやむを得ない事由のある場合」に該当する事由として主張されている内容は、「その職務に必要な適格性を欠くと認められた場合」に該当する事由であると主張されている内容と同一であり、少なくともこれが・・・やむを得ない事由に該当するとはいえないし、また、Yの主張する信義則違反や社会的評価の低下は、前記認定のとおり、Yの言動につき、それがセクハラ・パワハラに該当するのではないかと申し立てられていたことを前提とするものであり、これを採用段階で問題にするのは格別、採用時にこれを看過し又はそのことを特に問題とすることなく採用した以上、その後にこれから派生して問題が生じたとしても、これを同条3号に準ずるやむを得ない事由に該当するとして、同条6号の事由の存在を理由に、Xを普通解雇することはできないものといわざるを得ない。
 また、本件のように、就業規則において普通解雇事由が列挙されている場合、当該解雇事由に該当する事実がないのに解雇がなされたとすれば、その解雇は、特段の事情がない限り、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないというべきであるが、前記認定事実及び弁論の全趣旨によっても、前記特段の事情は認められない。」