京都市役所非常勤嘱託員厚生年金保険事件-京都地判 平11.9.30 判時1715号51頁

【事案】
 Xらは、Yの各区役所等において、宿日直業務を中心とする夜間、休日の業務に従事するものとして任用された。
 Yの各区長等は、Xらの使用を始めた後、Xらの被保険者の資格の取得に関する事項の届出をせず、平成7年に至り、所轄社会保険事務所(現年金事務所。以下同じ。)の勧告を受けたことから、同年8月ころ、初めてその届出をした。
 当該届出によってXらの被保険者資格は、最大で2年間に遡及して取得され、保険料の納付がされたが、それより前の期間については保険料の徴収権が時効消滅していて納付することができず、Xらは、当該消滅期間に対応する厚生年金受給権を取得することができなかった。
 Xらは、Yに対し、Yの職員である各区役所等の区長ないし支所長が、Xらについて厚生年金保険法27条の届出を怠ったため、厚生年金の受給権を取得することができなかったことがYによる不法行為であるとして、民法715条または709条に基づいて損害賠償を求めた。

【判断】
(Yの不法行為を認定。但し、Xらの過失についても3割を認定。)
「法は、9条で、「適用事業所に使用される・・・者は厚生年金保険の被保険者とする」と適用事業所における強制加入の原則を定め(・・・)、同法12条で、9条に該当しながら被保険者とならない者について除外規定をもうけた。即ち、日雇い労働者(同条2項イ)、2か月以内の期間を定めて使用される臨時使用人(同項ロ)、4か月以内の季節的業務に使用される者(同条4項)及び6か月以内の臨時的事業の事業所に雇用される者(同条5項)等である。
 ところで、右除外規定には該当しないものの、厚生年金の実務において被保険者資格を有しないものと扱われてきたのが、いわゆるパート、アルバイトと呼ばれる短時間労働者である。このような短時間労働者は、多くはその労働によって生計を立てる者とは言えず、法の予定している「労働者」に該当しないものと考えられるから、右取扱が違法とは考えられない。もっとも、パート、アルバイトという身分であっても、給与や労働時間において正社員と遜色がなく、これによって生計を立てている者も多数存在し、これらの者は「労働者」に当たるというべきであるから、厚生年金の実務においては、その区別の基準が必要である。そして、《証拠略》によると、本件内簡においては、区別の基準として「常用的使用関係」なる概念を使用し、「常用的使用関係」にあるか否かは、就労者の労働日数、労働時間、就労形態、勤務内容を総合的に勘案して認定すべきであるが、1日又は1週の所定労働時間及び1か月の所定労働時間が当該事業所の同種業務につく通常の就労者の概ね4分の3以上である就労者は原則として被保険者資格者として取り扱うべきである、としたこと(以下この基準を「本件基準」という。)、本件基準は、遅くとも昭和56年2月ころまでには、社会保険庁の広報誌への掲載等の方法で一般に公表、周知されたことが認められるところ、本件基準が違法、不当とは考えられない。(なお、本件全証拠によっても、短時間労働者の被保険者資格の認定につき、本件基準よりも妥当な基準を見出すことはできない。)」
「Yは、①Xらの給与が一般のY職員のそれに比較して少額であること、②労働密度が薄いこと、③本件宿日直職員の勤務日は、必要な都度上司が勤務日を命ずる交代制勤務であること、④本件宿日直嘱託員にとって厚生年金加入の必要性が低いことを理由に、Xらに被保険者資格がない旨主張する。
 しかし、Xらの給与が一般のY職員のそれに比して少額であるとしても、Xらの給与がその生計を主として支えるに足りない金額であるとまで認めるに足りる証拠はない。また、・・・労働密度が薄いと評価できる仮眠時間を除いても、Xら本件宿日直職員の労働時間は本件内簡が示した前記基準を満たすものである。また、Xら本件宿日直職員の勤務日数が必要な都度上司が勤務日を命ずるものであることは、Xら本件宿日直職員の勤務時間に鑑みれば、・・・認定を妨げるものでは全くない。さらに、厚生年金の被保険者資格の有無は労働の内容から判断するべきであって、その者についての厚生年金加入の必要性等という要素を持ち込むべきではない。」
「法27条は、厚生年金の強制加入の原則を実現するための方策として、事業主に被保険者の資格の取得等の届出を義務づけたものと解されるところ、右強制加入の原則が採られたのは、一次的には、厚生年金の財政的基盤を強化することが目的であると解せられるが、同時に一定の事業所に使用される労働者に対し、その老齢、障害及び死亡について保険給付を受ける権利をもれなく付与することもその目的であると解されるから、事業主による法27条に違反する被保険者資格の取得の届出義務違反行為は、当該労働者との関係でも、違法との評価を免れないものというべきである。」
「法は、適用事業所に使用される者は厚生年金保険の被保険者とする旨定めており、被保険者の除外規定は法12条以外には設けられていない。従前から、パート、アルバイト等の短時間労働者が被保険者資格を有するか否かは問題ではあったが、本件基準が公表される以前に、これにつき依拠すべき何らかの実務的基準が存在したことについては証拠がない。
 他方、被保険者資格の取得の効力発生は都道府県知事(編注:現行は厚労大臣。以下同じ。)の「確認」によって生ずるのであって、事業主がする被保険者資格取得の届出は、その前提たる手続にすぎない。したがって、事業主としては、被用者の被保険者資格の有無について疑義があれば、届出をしておくべきであって、都道府県知事において被保険者資格がないと判断すれば、「確認」をしない取扱になるにすぎないのである。
 このように解するときは、法によって被用者についての厚生年金保険被保険者資格の取得について届出義務が課されている各区長等としては、届出を怠ることによって被用者が厚生年金に加入する権利を侵害する結果とならないように注意すべき義務があるというべきである。」
「法は、都道府県知事が被保険者資格の取得及び喪失について「確認」をする前提としての都道府県知事に情報を集中する方法として、一次的には事業者に届出義務を課し(27条)、二次的には、被保険者自身に・・・確認請求の手続をもうけ(31条)、更に職権によっても「確認」ができるものとしている(18条2項)。現実的には、職権による「確認」は殆ど期待できないから、法は、事業主の届出と、被保険者の確認請求によって、被保険者資格の取得の発効について遺漏なきを期したものと解せられる。
 《証拠略》によると、Xらは、各自が本件宿日直嘱託員として任用されたときに、厚生年金には加入できない旨の説明を各区長等ないし上司から受けたが、これに対して特段の不審を持つこともなく、それ以後所轄社会保険事務所からYに対する前記の勧告がなされるまでの間、右確認請求の手続をとらなかったのみならず、Yに対し、厚生年金保険への加入について、特段の要求、要望、疑問の提出等をしたこともなかったことが認められる。Yとしても、本件宿日直嘱託員の厚生年金保険への加入問題について、嘱託員自身から要求等が出ていれば、もっと早期に事務の見直しをした可能性もあったが、これがなかったため、事務の見直しの機会をもつことができず、ずるずると違法な取扱を続けてきたものということができる。
 そうすると、事業主の届出と被保険者の確認請求によって被保険者資格の取得の発効について遺漏なきを期そうとした法の趣旨に鑑み、Xらが確認請求、その他自分たちの厚生年金保険に加入する権利を保全するための何らの行動にでなかった過失を斟酌し、民法722条により、Xらが被った損害の内、その7割についてYに賠償を命じることが相当と判断する。
 なお、被保険者からの確認請求の手続が現実には殆ど利用されていないことは、右判断の妨げにならない。」

(「Xらは、本件損害額の算定には年金制度に関する特別の知識を要するから、社会保険労務士に対する委任費用もYの不法行為と相当因果関係のある損害である旨主張するところ、なるほど、我が国の公的年金制度は、頻繁な法改正を繰り返し、しかもその都度既得権を尊重しながら、複雑な経過措置が定められていて、正確な年金受給額を算定するのは困難な作業であることは公知の事実である。しかしながら、いかに困難とはいえ、その算定方法は法規に定められているのであって、一般人であっても、時間をかけて調査すれば、右算定は可能であり、まして法律の専門家である弁護士であればなおさらであるから、弁護士費用と別に、社会保険労務士に対する委任費用までYの不法行為と相当因果関係のある損害と評価することはできない。」)