大真実業事件-大阪地判 平18・1・26 労判912号51頁

【事案】
 Yの経営するA京橋店、A西九条店において、パートタイム従業員として勤務し、その後、解雇されたXが、Yに対し、①Xの厚生年金保険の被保険者資格を届け出なかった、②所得税を徴収しながらXの源泉徴収票の交付をしなかった、③Xの雇用保険の被保険者資格を届け出なかった、④Xに対して時間外賃金及び解雇予告手当を支払わなかったと主張し、①が不法行為又は債務不履行に当たる、②が不法行為、債務不履行又は不当利得に当たる、③が不法行為又は債務不履行に当たるとして損害賠償を、④について時間外手当及び解雇予告手当を請求。(Yは、本訴において、④の時間外賃金及び解雇予告手当を支払った。)

【判断】
(Yの届出懈怠行為は債務不履行ないし不法行為を構成するが、Xに現実に損害が生じたと認めるには足りないとした。)
①について
「厚生年金保険法においては、適用事業所に使用される一定の者は、厚生年金保険の被保険者とされ(9条)、被保険者は、適用事業所に使用されるに至った日に、被保険者の資格(本件資格1)を取得するが(13条1項)、この資格の取得は、・・・の確認によって、その効力を生ずるものである(18条1項本文)。この趣旨については、広く労働者をして、保険制度の利益に浴させるとともに、共同の危険を合理的に分散し、また危険度の高い者だけが保険に加入するという弊害を防止するため、適用事業所に使用されるに至った労働者は、その日から当然に被保険者資格を取得することになるが、労働者が被保険者資格を取得することによって、保険者と被保険者及び事業主との間に重大な法律関係が生ずるところから、・・・が確認するまでは、資格の取得を有効に主張することができないこととしたものと解される(最高裁昭和40年6月18日判決・裁判集民事79号413頁参照)。」
「 Yは、Xが本件資格1を取得したにもかかわらず、その取得を届け出なかったものであり、厚生年金保険法27条に違反するものといわざるを得ない。
 厚生年金保険法が、強制加入を原則とする趣旨は、前記のとおり、労働者に保険の利益を得させるという点と、一定の弊害防止という点にあると解されるところ、同法27条が、事業主の届出義務を規定する点についても、同様の趣旨が妥当するものと解される。
 以上の義務が公法上の義務であることはいうまでもないが、同条が、労働者に保険の利益を得させるという点をも目的としていると解されることにかんがみれば、かかる義務が、単なる公法上の義務にとどまるということはできない。雇用契約における使用者の本来的な義務は、労働者に対する賃金の支払義務にあるが、使用者は、雇用契約の付随義務として、信義則上、本件資格1の取得を届け出て、労働者が老齢厚生年金等を受給できるよう配慮すべき義務を負うものと解すべきである。そして、使用者が、この義務に違反して、本件資格1の取得を届け出ないときは、その行為は、違法性を有し、債務不履行ないし不法行為を構成するものというべきである。
 なお、Yは、労働者側に保険料の支払という負担が生ずる旨主張するが、労働者側に負担が生じることをもって、私法上の義務とならないということはできない。
 そして、Yは、罰則をもって規定された義務に違反していたものであり、本件において、過失を否定するような事情は認められない。」
「 Xは、Yが本件資格1の取得を届け出なかったため、毎月、国民年金の保険料を支払わなければならなかったとして、厚生年金保険法の保険料と国民年金保険料の差額が損害である旨主張する。
 しかしながら、その差額が直ちに損害に当たるかはともかくとして、本件において、Xの厚生年金保険の保険料の労働者負担分が月額1万円であったことを認めるに足りる証拠はないし、Xが、国民年金の保険料として、毎月1万3300円を支払っていたことを認めるに足りる証拠もない。
 また、Xは、将来の年金受給額が大幅に減り、年間8万円減額される旨主張する。
 しかし、Yが前記義務を怠ったことにより、Xの将来の年金受給額が年間8万円減額されるに至ることを認めるに足りる証拠はない。
 また、Xは老齢厚生年金が減額される旨主張するものと解されるところ、老齢厚生年金の受給資格として、65歳以上であることが必要であるが(厚生年金保険法42条1号)、原告は、・・・現在、56歳であって、いまだ受給資格を有するものではない。同条2号は、保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が25年以上であることを要件としているが、Xが、これを満たすかも明らかではない。結局、現在において、Xが老齢厚生年金を受給できるか否か、受給額がいかなる額になるか否かは明らかではなく、その損害額は、明らかではない。
 したがって、損害に関する証明はないといわざるを得ない。」
「 以上によれば、Yが本件資格1の取得を届け出なかったことにより、Xに損害が生じたとは認めるに足りないから、その余の点について判断するまでもなく、Yが本件資格1の取得を届け出なかったことに基づくXの請求は理由がない。」

③について
「 Yは、Xが本件資格2を取得したにもかかわらず、その取得を届け出なかったものであり、雇用保険法7条に違反するものといわざるを得ない。
 雇用保険法が、強制加入を原則とする趣旨は、厚生年金保険法と同様であって、雇用保険法7条が、事業主の届出義務を規定する点についても、同様の趣旨が妥当するものと解される。
 そこで、雇用保険についても、使用者は、雇用契約の付随義務として、信義則上、本件資格2の取得を届け出て、労働者が失業等給付等を受給できるよう配慮すべき義務を負うものと解すべきである。そして、使用者が、この義務に違反して、本件資格2の取得を届け出ないときや、偽りの届出をしたときは、その行為は、違法性を有し、債務不履行ないし不法行為を構成するものというべきである。
 なお、Yは、労働者側に保険料の支払という負担が生じる旨主張するが、労働者側に負担が生じることをもって、私法上の義務とならないということはできない。」
「Yが、本件資格2の取得を届け出なかったことが、雇用保険法7条に違反するものであり、違法性を有するものであることは、既に説示したとおりである。
 また、Xが、A西九条店に勤務するようになった後、雇用保険法上の短時間労働者ではなかったにもかかわらず、短時間労働者としての届出がされていたものであるから、事実とは異なる届出がされていたものといわざるを得ない。
 しかしながら、XがA京橋店を退職したことに伴う失業等給付の受給については、Xが失業等給付の申請について相談に行った・・・時点で、既に・・・退職から1年以上が経過しており、受給資格はなかったものである。
 また、XがA西九条店を退職したことに伴う失業等給付の受給については、離職証明書の「短時間」の欄に丸印がされ、公共職業安定所長は、Xが短時間労働被保険者であると確認して、不支給処分をしたものである。被保険者が短時間労働被保険者に該当するかどうかの確認は、公共職業安定所の長が行うものであるが(雇用保険法13条2項、同施行規則1条)、同所長が、単に離職証明書の記載のみによってかかる確認をしたのかは明らかではない。また、不支給処分については、Xは、大阪労働局雇用保険審査官に審査の請求をすることができたのに、これを行わなかったものである。
 そうすると、Yが、Xの離職証明書の「短時間」の欄に丸印をして公共職業安定所長に提出したことと、Xが雇用保険による失業等給付を受給できなかったこととの間には、因果関係を認めることができないというべきである。」
「 以上によれば、Yが本件資格2の取得を届け出なかったことや、偽りの届出をしたことにより、Xに損害が生じたとは認めるに足りないから、その余の点について判断するまでもなく、Yが本件資格2の取得を届け出なったこと等に基づくXの請求は理由がない。」

②について
「 Xは、YがXの給与から源泉徴収をしながら、所得税を申告しなかった旨主張するが、・・・Yは所得税を申告、納付したことが認められる。
 また、・・・給与等の支払をする者は、源泉徴収票1通を給与等の支払を受ける者に交付しなければならないが、・・・Yは、Xの在職中、Xに対して源泉徴収票を交付しなかったことが認められる。
 そして、Xは、・・・還付申告を受けることができなかったものであるが、これは、Xが還付申告を受けようとしなかったため、請求権が時効消滅したにすぎず(国税通則法74条1項)、Yが源泉徴収票を交付しなかったこととの因果関係を認めるに足りる証拠はない。
 そうすると、その余の点について判断するまでもなく、源泉徴収票の交付に関するXの請求には理由がない。」