神戸弘陵学園事件-最3小判 平2・6・5

【事案】
 Xは、昭和59年4月1日付でYの社会科担当の教員(常勤講師)として採用された。採用にあたり、Xは、同年1月26日に第1回目、同年3月1日に第2回目の面接を受けたが、第2回目の面接の際、Yの理事長から、採用後の身分は常勤講師とし、契約期間は一応同年4月1日から1年とすること及び1年間の勤務状況を見て再雇用するか否かの判定をすることなどについて説明を受けるとともに、口頭で、採用の旨の申出を受けた。
 Xは、当時1年の期限付の非常勤講師として採用内定を受けていたE学園への就業を辞退した上で、同年3月5日、Yから提出を求められていた勤務後の抱負等を記述したレポートを作成持参し、その場で、教頭代理から勤務時間、給料、担当すべき教科等につき大まかな説明を受けて了承した上、採用申出を受諾した。
 Xは、採用後、同年5月中旬、Yから求められるままに、同年4月7日ころに予めYから交付されていた「Xが昭和60年3月31日までの1年の期限付の常勤講師としてYに採用される旨の合意がXとYとの間に成立したこと及び右期限が満了したときは解雇予告その他何らの通知を要せず期限満了の日に当然退職の効果を生ずること」などが記載されている期限付職員契約書に自ら署名した。
 Yは、昭和60年3月18日、同月31日をもって期間満了を理由とする雇用契約の終了を通知した。

 第1審、原審とも、本件雇用契約は、契約期間を1年とするものとして成立したものとみるべきで、再三更新されるなどして期間の定めのない雇用契約に転化したものとみられるなどの特段の事情もないとしたため、Xが上告。

【判断】
「使用者が労働者を新規に採用するに当たり、その雇用契約に期間を設けた場合において、その設けた趣旨・目的が労働者の適正を評価・判断するためのものであるときは、右期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き、右期間は契約期間の存続期間ではなく、試用期間であると解するのが相当である。そして、試用期間付雇用契約の法的性質については、試用期間中の労働者に対する処遇や実情や試用期間満了時の本採用手続の実態等に照らしてこれを判断するほかないところ、試用期間中の労働者が試用期間の付いていない労働者と同じ職場で同じ職務に従事し、使用者の取扱いにも格段変わったところなく、また、試用期間満了時に再雇用(すなわち本採用)に関する契約書作成の手続が採られていないような場合には、他に特段の事情が認められない限り、これを解約権留保付雇用契約であると解するのが相当である。そして、解約権留保付雇用契約における解約権の行使は、解約権留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由があり社会通念上相当として是認される場合に許されるものであって、通常の雇用契約における解雇の場合よりもより広い範囲における解約の自由が認められてしかるべきであるが、試用期間付雇用契約が試用期間満了により終了するためには、本採用の拒否すなわち留保解約権の行使が許される場合でなければならない。
 そこで、本件において、1年の期間の満了により本件雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意がXとYとの間に成立しているなどの特段の事情が認められるかどうかであるが、原審は、Xは、昭和59年3月1日の第2回目の面接の際に、Yの理事長から、採用後の身分は常勤講師とし、契約期間は一応同年4月1日から1年とすること及び1年間の勤務状態を見て再雇用するか否かの判定をすることなどにつき説明を受けるとともに、口頭で、採用したい旨の申出を受け、同年3月5日、右申出を受諾した、と認定しており、契約期間につきYの理事長が「一応」という表現を用いたとしているのである。また、原審は、Xは、右第2回目の面接の際に、Yの理事長から「Eは断って、うちで30年でも40年でもがんばってくれ。」とか「公立の試験も受けないでうちへきてくれ。」と言われた旨供述しているが、Yの理事長はXが教員としての適性を有することを期待し、契約を更新して末永く本校において教鞭をとることを望んでいたことが認められるから、1年の期限付契約を結んだことと右Yの理事長の発言とは矛盾するものではない、としている。原審はYの理事長がXの供述するとおりの発言をしたと認定しているのかどうかは必ずしも明らかでないが、もし右発言がされたのであるとすれば、Yの理事長は契約期間の1年を「一応」のものと述べたというのであり、右理事長が用いたと認定されている「再雇用」の文言も、厳格な法律的意味において、雇用契約を新たに締結しなければ期間の満了により契約が終了する趣旨で述べたものとは必ずしも断定しがたいのであって、1年の期間の満了により本件雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意がXとYとの間に成立していたとすることには相当の疑問が残るといわなければならない。
 もっとも、原審の認定によれば、Xが署名捺印した期限付職員契約書には、Xが昭和60年3月31日までの1年の期限付の常勤講師としてYに採用される旨の合意がXとYとの間に成立したこと及び右期限が満了したときは解雇予告その他何らの通知を要せず期限満了の日に当然退職の効果を生ずることなどの記載がされているというのであり、右によれば、1年の期間の満了により本件雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意がXとYとの間に成立していたかの如くである。しかし、XがYから右期限付職員契約書の交付を受けたのは本件雇用契約が成立した後である昭和59年4月7日ころであり、これに署名捺印したのは同年5月中旬であるというのである。また、本件記録によれば、XがYに提出した右期限付職員契約書の第1条には、Yは学園の生徒数、職員数等の事情から昭和59年度に限り本契約職員を採用する必要がある旨記載されていることが窺われるところ、本校は昭和58年4月に開校されたというのであるから、昭和59年度は開校2年目で、生徒は1年次生と2年次生のみであり、昭和60年度になって1年次生から3年次生までが初めて揃う状況にあった。したがって、昭和59年度から昭和60年度にかけてはむしろ生徒数が増加する状況にあり、生徒数の事情から昭和59年度に限って期限付職員を採用する必要があったとは思われず、同様に職員についても生徒数の増加に伴い増員する必要こそあれ、職員数の事情から昭和59年度に限って期限付職員を採用する必要があったとは思われない。次に、本件記録によれば、右期限付職員契約書の第2条には、XはY学園勤務規定を遵守して誠実に勤務する旨の記載があることが窺われるが、昭和59年5月当時には右勤務規定はいまだ作成されていなかったことが窺われるのである。以上によれば、Xの提出した期限付職員契約書は、本件雇用契約の趣旨・内容を必ずしも適切に表現していないのではないかという疑問の余地がある。
 更に、本件記録によれば、Xは昭和58年3月にF大学経済学部を卒業後、昭和59年3月にG大学社会学部通信教育課程を終了して、本校の職員に採用されたものであることが窺われるところ、このような場合には、短期間の就職よりも長期間の安定した就職を望むのがわが国の社会における一般的な傾向であるから、本件においてXが1年後の雇用の継続を期待することにはもっともな事情があったものと思われる。
 以上のとおりであるから、本件雇用契約締結の際に、1年の期間の満了により本件雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意がXとYとの間に成立しているなどの特段の事情が認められるとすることにはなお疑問が残るといわざるを得ず、このような疑問が残るのにかかわらず、本件雇用契約に付された1年の期間を契約の存続期間であるとし、本件雇用契約は右1年の期間の満了により終了したとした原判決は、雇用契約の期間の性質についての法令の解釈を誤り、審理不尽、理由不備の違法を犯したものといわざるを得ず、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。
 したがって、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。」