電通事件-最2小判 平12・3・24 判例時報1707号87頁

【事案】
 Xらの子であるAは、大学卒業後の平成2年4月、Y社に入社し、同年6月、ラジオ関係部署に配属された。
 Aは、当初から、長時間に亘る残業を行うことが常態となっており、それは増加していく傾向にあった。
 Y社では、残業時間は自己申告制が採られていたところ、Aの申告した残業時間の月間合計は、36協定で定められた上限の前後となっていたが、その申告時間は実際のもの(徹夜業務を行うこともあった)より相当少ないものであった。
 Aの上司は、そのような状況を認識していたが、具体的な対応としては、平成3年3月に、直属の上司であるCが、業務は所定期限までに遂行すべきことを前提として、帰宅して睡眠をとること、それでも終わらなければ翌朝に早出して行うこと等を指導しただけであった。
 Aは、同年7月には、業務とそれによる睡眠不足で心身疲労状態となり、遅くとも同年8月上旬ころに、鬱病に罹患した。(Cは、Aの健康状態が悪いのではないかと気づいていた。)
 Aは、同月23日から26日にかけて出張を伴う業務を終え、同月27日午前6時ころに帰宅した後、午前10時ころに風呂場で縊死しているところを発見された。

 1審は、社会通念上許容される範囲をはるかに超える長時間労働によってAが自殺したものであり、Aの上司らがAの長時間労働・健康状態を知りながら、労働時間を軽減する措置をとらなかったことにつき、Yの安全配慮義務違反を認めた。
 2審は、1審を維持したが、Aの性格や家族の対応等を勘案し、3割の過失相殺を認めた。
 安全配慮義務違反を否定するY、過失相殺を否定するX、双方が上告。

【判断】
〔安全配慮義務違反〕
「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法65条の3は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。」
「Yのラジオ局ラジオ推進部に配属された後にAが従事した業務の内容は、主に、関係者との連絡、打合わせ等と、企画書や資料等の起案、作成とから成っていたが、所定労働時間内は連絡、打合せ等の業務で占められ、所定労働時間の経過後にしか起案等を開始することができず、そのために長時間にわたる残業を行うことが常況となっていた。起案等の業務の遂行に関しては、時間の配分につきAにある程度の裁量の余地がなかったわけではないとみられるが、上司であるBらがAに対して業務遂行につき期限を遵守すべきことを強調していたとうかがわれることなどに照らすと、Aは、業務を所定の期限までに完了させるべきものとする一般的、包括的な業務上の指揮又は命令の下に当該業務の遂行に当たっていたため、右のように継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない状態になっていたものと解される。ところで、Yにおいては、かねて従業員が長時間にわたり残業を行う状況があることが問題とされており、また、従業員の申告に係る残業時間が必ずしも実情に沿うものではないことが認識されていたところ、Bらは、遅くとも平成3年3月ころには、Aのした残業時間の申告が実情より相当に少ないものであり、Aが業務遂行のために徹夜まですることもある状態にあることを認識しており、Cは、同年7月ころには、Aの健康状態が悪化していることに気付いていたのである。それにもかかわらず、B及びCは、同年3月ころに、Bの指摘を受けたCが、Aに対し、業務は所定の期限までに遂行すべきことを前提として、帰宅してきちんと睡眠を取り、それで業務が終わらないのであれば翌朝早く出勤して行うようになどと指導したのみで、Aの業務の量等を適切に調整するための措置を採ることなく、かえって、同年7月以降は、Aの業務の負担は従前よりも増加することとなった。その結果、Aは心身共に疲労こんぱいした状態になり、それが誘因となって、遅くとも同年8月上旬ころにはうつ病にり患し、同年27日、うつ病によるうつ状態が深まって、衝動的、突発的に自殺するに至ったというのである。
 原審は、右経過に加えて、うつ病の発症等に関する前記の知見を考慮し、Aの業務の遂行とそのうつ病り患による自殺との間には相当因果関係があるとした上、Aの上司であるB及びCには、Aが恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減さえるための措置を採らなかったことにつき過失があるとして、Yの民法715条に基づく損害賠償責任を肯定したものであって、その判断は正当として是認することができる。」

〔過失相殺〕
「身体に対する加害行為を原因とする被害者の損害賠償請求において、裁判所は、加害者の賠償すべき額を決定するに当たり、損害を公平に負担させるという損害賠償法の理念に照らし、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度でしんしゃくすることができる(最高裁昭和59年(オ)第33号同63年4月21日第1小法廷判決・民集42巻4号243頁参照)。この趣旨は、労働者の業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求においても、基本的に同様に解すべきものである。しかしながら、企業等に雇用される労働者の性格が多様のものであることはいうまでもないところ、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。しかも、使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う者は、各労働者がその従事すべき業務に適するか否かを判断して、その配属先、遂行すべき業務の内容等を定めるのであり、その際に、各労働者の性格をも考慮することができるのである。したがって、労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因としてしんしゃくすることはできないというべきである。
 これを本件について見ると、Aの性格は、一般の社会人の中にしばしば見られるものの一つであって、Aの上司であるBらは、Aの従事する業務との関係で、その性格を積極的に評価していたというのである。そうすると、Aの性格は、同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものであったと認めることはできないから、Yの賠償すべき額を決定するに当たり、Aの前記のような性格及びこれに基づく業務遂行の態様等をしんしゃくすることはできないというべきである。この点に関する原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法がある。」
「Aの前記損害は、業務の負担が過重であったために生じたものであるところ、Aは、大学を卒業して自らの意思と判断に基づきYの業務に従事していたのである。Xらが両親としてAと同居していたとはいえ、Aの勤務状況を改善する措置を採り得る立場にあったとは、容易にいうことはできない。その他、前記の事実関係の下では、原審の右判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるというべきである。」

 │  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote  (06:50)

記事検索
カテゴリー
月別アーカイブ