全日本手をつなぐ育成会事件-東京地判 平23・7・15 労働判例1035号105頁

【事案】
 Xが、Yに対し、Xの東京都労働委員会への証人出頭に伴う不就労を理由に行った賃金カット及び調整的相殺並びに賞与カットは労基法7条、24条に違反するとして、未払賃金の支払を求め提訴し、これに対し、Yが、Xに対し、当該賃金カット等が適法であることを前提に、不当利得に基づき、不就労に伴って生じた過払金(利得)の返還を求め反訴を提起したもの。
 
 平成20年12月1日施行の就業規則には、正規職員が、遅刻、早退、欠勤、私用外出などにより所定労働時間の全部または一部を休業した場合はその時間に対する給与は支給せず、控除する旨の規定がある一方、旧就業規則15条には、「不可抗力の事故のため、又は公民権行使のため遅刻または早退した時は、届出により遅刻、早退の取扱いをしない。」旨の規定があった。

【判断】
〔本訴〕
「本件各不就労時間(都労委への証人出頭に要した時間)は、労基法7条にいう「公の職務を執行するために必要な時間」に該当するものと解されるところ、同条は、労働者がその労働時間中に公民権の行使等のために必要な時間を請求した場合、使用者はこれを拒んではならないことを規定するにとどまり、公民権の行使等に要した時間に対応する賃金についてはこれを有給とすることを要求するものではなく、これを当事者間の取決めに委ねるという趣旨の規定であると解するのが相当である。」
「労契法6条による労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。この規定からみて、労働者が使用者に対して労務を提供しない場合には、使用者は、それに対応する賃金を支払う義務を負わない(ノーワーク・ノーペイの原則)。そうすると理由はなんであれ労働者が遅刻、早退により労務の提供を行わない場合、これに対応する時間は、いわゆる「勤務時間」に含まれず賃金請求権は発生しないのが原則である。にもかかわらず本件就業規則は、「第2節 勤務時間及び休憩時間」の中に、公民権の行使等に伴う遅刻、早退に関する規定として第15条を設け、上記のとおり規定しているのであるから、このことからみて、同条にいう「遅刻、早退についてはこれを就労したものとみなし、上記「勤務時間」の中に組み入れることを明らかにした規定であると解するのが相当である。」
「本件旧就業規則15条にいう「公民権の行使のため」とは、やはり労基法7条所定の「選挙権そのた公民としての権利を行使する」場合のほか、「公の職務を執行する」場合も含む趣旨であると解するのが合理的であって、このことはYにおいても本件旧就業規則15条の適用は「選挙権その他公民としての権利」の行使に限られるとの主張をしていないことからも容易にうかがわれるところである。したがって、同条による有給扱いは、当然、本件のような「公の職務」の執行が問題となる事案にも適用されるものというべきである。」
「以上によると、本件旧就業規則15条が適用される限り、Xの本件各不就労はいずれも有給として扱われ、本件各賃金カットは違法ということになる。」
「新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されない(労契法9条)。
 しかし、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該就業規則が「合理的なものである」限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない(同法10条本文)。ここで当該就業規則の条項が「合理的なものである」(同条本文)とは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労働関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような「不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のもの」である場合において、その効力を生ずるものというべきである。
 そして以上のような合理性の有無は、変更によって労働者が被る不利益の程度と変更の必要性及び変更内容の相当性との相関的考察を基本として上、労契法10条本文が指示するその他の諸要素(労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情)を総合考慮して判断すべきものと解されるが、ただ、その際、上記不利益の程度については、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況等を含めた全体的観点からの実質的な不利益性を慎重に検討して、必要性等とのバランスを吟味することにより決すべきものと考えられる。」
「本件就業規則等には、本件旧就業規則15条に当たる規定が存在しないことから、本件就業規則等の適用を前提とする限り、該当労働者であるXは、公民権の行使等に伴う不就労において有給扱いを受ける法的な根拠を失うことになったものということができ、してみると、本件就業規則等変更がXの重要な労働条件を不利益に変更する部分を含むものであることは、明らかである。」
「確かにYは、・・・その財政基盤を立て直すためには、Yにおいてかなり大がかりな人件費の削減に着手せざるを得ない状況にあったものと認められ、その際、所定勤務時間内における不就労(遅刻、早退)など、不要な賃金の支出にメスを入れることは一般論としては当然のことである。」
「しかし、上記のとおり、本件就業規則等の対象である本件旧就業規則15条は、公民権の行使等に伴う不就労を有給扱いにするだけでなく、それにより民主主義社会において不可欠な労働者の公的活動を経済的側面から担保し、より公的活動に参画し易い職場環境を保障するものとして重要な法的意義を有する規定である。そうだとすると本件旧就業規則15条における有給扱いは、それ自体として根拠に欠ける不要な賃金の支出に当たるものということはできず、むしろYのような公益性の強い社会福祉法人にとっては、社会一般に対し、職員の公的活動への参画に積極的な協力姿勢をとっていることを示す有用な規定であるとみることもできる。一方、公民権の行使等に伴う不就労はそう頻繁に生ずる出来事ではなく、また、支出額それ自体もそれほど高い金額に上ることは想定されないのであるから、仮に上記公民権の行使等における有給扱いを取りやめたとしても、50パーセント近くにまで達した人件費(固定費)の削減に余り大きく寄与するものとは考え難い。
 そうだとすると、Yに人件費を削減する高度の必要性が認められるとしても、そのことから直ちに本件旧就業規則15条による公民権の行使等の有給扱いを削減の対象とすることは許されず、本件就業規則等変更が高度の経営上の必要性に基づくものであるとの評価が成り立つためには、人件費の抑制という大きな目標の実現にとって、本件旧就業規則15条による上記有給扱いをも削減の対象とする高度の必要性が存在していることが求められるものというべきである。」
「就業規則の不利益変更とは、労働条件すなわち「労働契約関係における労働者の一切の待遇」(菅野和夫「労働法第9版148頁参照)に関して生じた「既得の権利」を将来に向かって不利益に変更することをいうが(土田道夫「労働契約法」501頁参照)、本件就業規則等変更は、本件旧就業規則15条によって保障されていた公民権の行使等の有給扱いを取りやめるものであって、Xの重要な労働条件の一部について既得の権利を奪う内容のものである。
 確かに、このように公民権の行使等に伴う有給扱いを取りやめたとしても、もともと公民権の行使等の機会はそう頻繁にあるわけではなく、1回1回の有給扱いに要するYの支出額もそれほど大きくはないことなどにかんがみると、個々のY職員(労働者)に与える経済的な不利益はさほど大きくなく、むしろ些少であるともいえる。
 しかし、就業規則の不利益変更の有無・程度は、単に量的な側面からだけではなく、質的な側面(とりわけ権利の性格等)を併せ考慮して判断すべきものと解され(労契法7条の合理性審査において考慮される労使双方の利益のうち労働者側のそれとしては、特定条件下での就労利益、憲法・法令が保障する権利」等も含まれるものとされるが(前掲土田・140頁)、この理は、同法10条の合理性審査における労働者の不利益性の内容についても妥当するものと解される。)、そうだとすると本件就業規則等変更によって不利益に変更されるXの労働条件とは、単なる賃金額の減少にあるのではなく、上記のとおり、より実質的に「有給扱いという待遇の下で公民権の行使等の公的活動に容易に参画し得る地位ないし権利」をいうものと解するのが相当であり、このような観点からいうと、減少する賃金の額が小さいからといって、直ちに本件就業規則等の変更の不利益性が小さいということにはならない。」
「本件就業規則等変更に伴う不利益の範囲が広範囲に及ぶとしても、Y職員に対し、それに相応した何らかの代償措置等が講じられていることが認められるのであれば、全体的にみて実質的な不利益の程度は小さいことになろう。しかし、・・・のとおり本件就業規則等には基準内給与に関する減額補償調整規定が設けられているものの、本件旧就業規則15条による公民権行使等の有給扱いの全面廃止に伴う調整規定等は存在せず、その他、本件証拠を検討しても、上記有給扱いの廃止について然るべき代償的措置等が講じられた形跡は認められない。」
「Yは、・・・本件就業規則等変更によって公民権の行使等の有給扱いを取りやめることにしたとしても、そのことによって生じる不利益は存在しないか、その程度は極めて小さいとして、例えば公民権行使の典型である国政選挙における投票のための不就労の場合、通常は日曜日が投票日に指定されており当該不就労時間相当分の給与を減額するという事態は発生せず、また、その日曜日が振替勤務日であったとしても期日前投票制度の利用により当該給与の減額を回避することが可能であるとか、また「公の職務」の典型例である民事訴訟ないし労働委員会における証人出頭の場合も、その執行のため相応の日当、旅費が支給されるのが通常であって、これにより当該不就労による給与の減額の一部又は全部が賄われる旨主張する。
 しかし一般に就業規則の変更に伴う不利益性の程度は、全体的、実質的な観点から判断するにしても、それは、あくまで新旧就業規則の内容とその下での取扱いのほか、Y自身の手によって講じられた代償的措置の内容等を比較検討することにより行われるべきものであり、他の法律等による公民権の行使等に対する保障規定をあたかも本件就業規則等変更の代償的措置であるかのように捉え、これを不利益性の緩和要素として積極的にしんしゃくすることには疑問がある。」
「ここで問題とされる不利益変更の対象は、「有給扱いという待遇の下、公民権の行使等の公的活動に容易に参画し得る地位ないし権利」であって、このような観点からみた場合、Yの上記主張に係る各事由は、本件就業規則等変更の不利益性を実質的に払拭、緩和するに足るものであるとはいい難い。」
「本件就業規則等変更は、減少する賃金額は些少であるとしても、全体的にみて、重要な労働条件につき実質的な不利益性を有するものであることは否定し難く、そうだとすると不利益変更の必要性としては、当該就業規則等の変更に「高度な経営上の必要性」が存在していることが不可欠であると解するのが相当であるところ、・・・本件就業規則等変更は、高度な経営上の必要性に基づいて行われたものであるとはいい難い。そうすると本件就業規則等変更は、その他の諸事情(労働組合との交渉状況等)を勘案したとしても、変更に同意しないXのようなY職員に対して、これを法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできない(なお最高裁判所判例解説民事篇平成12年度(下)765頁参照)。
 したがって、本件就業規則等変更は、Xにその効力を及ぼすことができないものというべきである。」

〔反訴〕
「本件旧就業規則15条は、公民権の行使等に伴う不就労につき有給扱いとすることを定めた規定であると解されるところ、これを不利益に変更する本件就業規則等変更は合理性に欠け、その効力はXに及ばない。そうすると、Xは、本件不就労・・・によってもその部分(本件各不就労時間)に関する賃金請求権を失わないものと解され、したがって、Xには本件雇用契約に基づき、本件各月例給与の一部として本件利得金を受領する権利がある。」
「YのXに対する反訴請求は、その余の争点を判断するまでもなく理由がない。」