地公災基金愛知県支部長(豊川市役所職員)事件‐名古屋高判 平22・5・21労働判例1013号102頁

【事案】
 Kの妻であるXが、うつ病発症及びこれに続くKの自殺が公務に起因するものであると主張して、地方公務員災害補償法に基づく公務外認定処分の取消を求めたもの。
 1審がXの請求を棄却したため、控訴。

【判断】
「(1) 公務の内容自体からくる心理的負荷の過重性
 ・・・Kは、それまで福祉部門の仕事に就いたことがなく、児童課が初めての福祉部門の仕事であった。そして、もともと児童課は一般的に他の課と比べて格段に仕事の種類が多く、難易度の高い仕事が多かったが、Kが異動した・・・当時は、本件保育システムの完成遅れの問題やファミリーサポートセンター計画の遅れの問題があり、しかも、いずれもKが児童課に異動してから知らされた問題であり、早急の対策が求められる事案であって、対応を間違えると重大な問題となりかねない事案であったことが認められ、これによる心理的負荷は相当なものがあったと認められる。」

「(2) 人間関係からくる心理的負荷の過重性
 ・・・児童課には重要な課題があり、それまでの福祉部門の仕事をした経験のないKにとっては、それによる心理的負荷が大きかったが、それとともに重要な点は、同人の上司である健康福祉部長が、福祉部門の仕事に詳しく、かつ、部下に厳しいB部長であったという点である。
 すなわち、・・・B部長の部下に対する指導は、人前で大声を出して感情的、高圧的かつ攻撃的に部下を叱責することもあり、部下の個性や能力に対する配慮が弱く、叱責後のフォローもないというものであり、それが部下の人格を傷つけ、心理的負荷を与えることもあるパワーハラスメント(以下、略して「パワハラ」という。)に当たることは明らかである。また、その程度も、このままでは自殺者が出ると人事課に直訴する職員も出るほどのものであり、B部長のパワハラはA市役所内では周知の事実であった。Kは、・・・未経験の福祉部門で仕事の種類や内容がこれまでとは大きく異なり、かつ、複雑多岐にわたり、しかも、部下に対する指導が特に厳しいことで知られたB部長を上司とする児童課への異動の内示を受け、大変な職場と不安に思う一方、これまでの約30年間にわたる豊富な経験から、どこへ行っても同じとの自信を示し、心理的な葛藤を見せていたが、その時点では未だ病的ないし病前的な不安状態にあったとはいえなかった。ところが、現実に・・・児童課に異動した後、Kは、前記部下の指導に厳しいB部長の下で、前記のとおり質的に困難な公務を突然に担当することになったものであって、55歳という加齢による一般的な稼働能力の低下をも考え合わせると、B部長の下での公務の遂行は、Kのみならず、同人と同程度の年齢、経験を有する平均的は職員にとっても、かなりの心理的負荷になるものと認められる。
 Yは、大声で叱責するような口調での指示、指導というだけでは、組織で業務を行う職場ではよくあることであって、B部長の部下に対する指導はパワハラではない上、B部長の部下に対する指導が直接Kに及んだことはなく、B部長から児童課への指示はC次長を通して行われており、B部長と太郎の日常的な接触はあまりなかったなどと主張する。
 しかし、B部長の部下に対する指導が典型的なパワハラに相当するものであり、その程度も高いものであったといえることは、前記認定説示のとおりであって、このことは、B部長が主観的には善意であったかどうかにかかわらないことである。また、現に、Kも児童課におけるわずかの期間に、ファミリーサポートセンター計画の件や保育園入園に関する決裁の際などに、B部長の部下に対するパワハラを目の当たりにし、また、本件ヒアリングの際に自らもこれを体験していることは、前記認定のとおりである。
 なお、確かに、B部長が仕事を離れた場面で部下に対し人格的非難に及ぶような叱責をすることがあったとはいえず、指導の内容も正しいことが多かったとはいえるが、それらのことを理由に、これら指導がパワハラであること自体が否定されるものではなく、また、ファミリーサポートセンター計画の件においては、証拠に照らし、D補佐の起案が国の基準に合致したものであったといえるにもかかわらず、B部長は、それを超えた内容の記載を求め続け、高圧的に強く部下を非難、叱責したものであって、このような行為が部下に対して与えた心理的負荷の程度は、大きいものというべきである。
 また、Kがファミリーサポートセンター計画の件や保育園入園に関する決裁の際などに目の当たりにしたB部長の部下に対する非難や叱責等は、直接Kに向けられたものではなかったといえるが、自分の部下が上司から叱責を受けた場合には、それを自分に対するものとしても受け止め、責任を感じるというのは、平均的な職員にとっても自然な姿であり、むしろそれが誠実な態度というべきである。そうであれば、児童課長であったKは、その直属の部下がB部長から強く叱責等されていた際、自らのこととしても責任を感じ、これらにより心理的負荷を受けたことが容易に推認できるのであって、このことは、KがB部長のことを「人望のないB、人格のないB、職員はヤル気をなくす。」などと書き残したメモからも明らかである。そして、仮に、B部長がKに対しては、その仕事ぶり等を当時から評価していたとしても、それがKに伝わっていない限り、同人の心理的負荷を軽減することにはならないというべきところ、本件においてそのような事情を認めるに足りる証拠はない。
 以上のとおりであるから、部下に対する指導のあり方にパワハラという大きな問題のあったB部長のような上司の下で、児童課長として仕事をすることそれ自体による心理的負荷の大きさは、平均的な職員にとっても、うつ病を発症させたり、増悪させることについて大きな影響を与える要因であったと認められる。」

「Kの自殺の公務起因性を検討すれば、Kが・・・児童課に異動した後に勤務に関して生じた一連の出来事は、通常の勤務に就くことが期待されている平均的な職員にとっても、社会通念上、うつ病を発症、増悪させる程度の危険を有するものであり、Kのうつ病の発症、増悪から自殺に至る過程は、これらの業務に内在又は随伴する危険が現実化したものであるというべきであるから、本件におけるKの自殺には公務起因性が肯定される。」