バイエル薬品(仮処分)事件‐宮崎地決 平28・8・18 労働判例1154号89頁

【事案】
 Yの従業員であるXが、平成27年4月1日以降、上司のパワハラ等を原因とした心身の不調により出社困難になったとして出社しなかったところ、Yは、同年9月分までの給与は支払ったものの、その後、退職を促すのみで給与の支払を行わないなどと主張して、Yに対し、主位的に、雇用契約に基づき、賃金の仮払いを、予備的に、労基法26条に基づき、休業手当の支払いを求めたもの。

【判断】
「(1) Xは、・・・平成25年3月頃及び平成27年3月31日にB所長からいわゆるパワーハラスメントを受けた旨主張するところ、確かに、Yのコンプライアンス調査委員会の責任者の陳述書(〈証拠略〉)によれば、Xが指摘する時期に、B所長からXに対する一定の働き掛けがあったことが認められる。しかし、同陳述書によれば、B所長は、①会議の際、XがB所長の話に集中していない様子であったことから注意指導を行った(平成25年3月頃の分)、②取引先建物内において、Xが担当先について十分把握していなかったことから今後の営業活動に関する指示を行った(平成27年3月31日の分)というのであり、部下であるXに対する注意指導、指示として合理的理由に基づくもので、その態様も一般的に妥当な方法と程度にとどまるものといわざるを得ない。
(2) 以上に対し、Xは、平成25年3月頃にパワーハラスメントを受けた後の同年8月6日から同月7日に、心臓冠動脈のステント手術を受けたこと、平成27年3月31日にパワーハラスメントを受けた際、胸が締め付けられるような感覚がして生命の危機を感じ、翌日から出社できなくなったことを主張する。その趣旨は、要するに、B所長による注意指導、指示がXに過重な心理的負担を負わせるものであったことを指摘するものと解される。そこで検討するに、上記手術とB所長による行為の因果関係が何ら疎明されていないことは措くとしても、確かに、Xは、B所長との平成27年3月31日のやり取りにより心理的負担を感じたからこそ、翌日以降出社しなくなったと考える余地は十分あるように思われる。しかし、仮に、XがB所長の注意指導、指示に対し心理的負担を感じたことが事実であったとしても、そのことが直ちに、B所長による働き掛けが、社会通念上許与される業務上の注意指導、指示の範囲を逸脱していたことに直結するものではない。そして、本件においてはこの点に関する具体的な疎明は何らなされていないといわざるを得ず(Xが主張するパワーハラスメントの内容も判然としない。)、本件で提出された一切の資料を検討しても、上記(1)の判断を覆すに足るものとは認められない。
(3) 以上によれば、本件において、Yの「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)、又は「責に帰すべき事由」(労働基準法26条)によりXが出社できなくなったということはできない。
 なお、Xは、労働基準法26条の「責に帰すべき事由」は、民法536条2項の場合よりも広く解される旨判示した最高裁判所昭和62年7月17日第2小法廷判決・民集41巻5号1283頁を指摘するも、本件は、同最判とは事案を大きく異にする以上、そもそも本件においては、上記のとおり、B所長によるハラスメント行為自体の疎明を欠くといわざるを得ない以上、同最判の判示について特別の検討が必要であるとはいえない。」