プロシード元従業員事件‐横浜地判 平29・3・30 労働判例1159号5頁

【事案】
 Xが、Xに勤務していたYが虚偽の事実をねつ造して退職し、就業規則に違反して業務の引継ぎをしなかったことが不法行為に当たるなどと主張して、Yに対し、不法行為に基づき、損害賠償等の請求をしたもの(本訴)と、Yが、Xないしその代表取締役によるYへの退職妨害、本訴の提起及び準備書面による人格攻撃が不法行為ないし違法な職務執行に当たるなどと主張して、Xに対し、不法行為又は会社法350条に基づき、損害賠償等の請求をしたもの。

【判断】
「(1) Xは、Yが躁うつ病という虚偽の事実をねつ造して退職し、就業規則に定める業務の引継ぎも行わなかったと主張する。
 しかし、・・・Yは、X代表者らと退職の話をし始めてから2週間余りを経た平成27年1月7日に不安抑うつ状態と診断されているだけでなく、同年6月20日には希死念慮を訴えてストレス障害により医療保護入院し、平成28年5月2日には双極性感情障害(双極性感情障害は一般的にいう「躁うつ病」のことである。)と診断され、間もなく自殺を図っているのであり、このような事実に照らすと、Yは、X代表者らと退職の話をし始めた時点で既に不安抑うつ状態にあったものと窺われるところ、不安抑うつ状態にあった者が躁うつ病である旨を述べたとしても、それが虚偽のものであるとはいい難い。」
「(2) 仮に、Yが不安抑うつ状態でないのに躁うつ病である旨を述べたために、Xにおいて、民法627条2項所定の期間の経過前の退職を認めるとともに、就業規則に定める業務の引継ぎをさせる機会を逸することになったとしても、それによってXが主張するような損害は生じ得ないというべきである。
 すなわち、Xが・・・主張するXの損害のうち、・・・Yの欠勤によりA社からの支払が減額されたことの損害20万円は、そもそもX主張のYの不法行為とは無関係であるし、Yの欠勤(・・・)が不法行為を構成するものであることを窺わせる証拠はおよそ存在しない。
 ・・・A社から増員が取り消されたことの損害1080万円は、Yが退職したことによる損害をいうものと解されるが、・・・退職手続に関するXの就業規則の定めが基本給の引下げをする代わりに即時の退職を容認する趣旨とも考えられることはさて措くとして、民法627条2項所定の期間の経過後においては、Yが躁うつ病である旨を述べたかどうかにかかわりなく、雇用の解約申し入れの効力が生ずることになるのであるから、X主張の・・・損害とYの行為との間には何らの因果関係も認められない。
 ・・・ないし・・・の損害合計170万5144円も、Xの主張によれば、いずれもYが退職したことによる損害であるというのであるから、・・・同様の理由で、X主張の・・・損害とYの行為との間には因果関係が認められない。就業規則の定める業務の引継ぎをする間もない急なYの退職によってX主張の・・・損害が生じたこと、言い換えれば、Yの退職が急でなければ・・・損害が生じなかったことを認めるに足る主張立証もない。
(3) 以上のとおり、X主張のYの不法行為及びそれによるXの損害は、いずれも認めることができず、Xの本訴請求には理由がない。」

「ア 訴えの提起は、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである以上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り、相手方に対する違法な行為となる(最高裁昭和63年1月26日第3小法廷判決・民集42巻1号1項)。
 イ 本訴は、Yが虚偽の事実をねつ造して退職し、就業規則に違反して業務の引継ぎをしなかったというX主張のYの不法行為によってXに生じた1270万5144円の損害賠償を求めるものであるところ、・・・YのX退職に至る経緯並びに・・・X退職後の就労状況に照らすと、Xにおいて、X主張のYの不法行為があるものと認識したことについては全く根拠がないとまでは断じ得ないとしても、・・・X主張のYの不法行為によってX主張の損害は生じ得ない。
 そうすると、X主張のYの不法行為に基づく損害賠償請求権は、事実的、法律的根拠を欠くものというべきであるし、X主張のYの不法行為によってX主張の損害が生じ得ないことは、通常人であれば容易にそのことを知り得たと認めるのが相当である。
 それにもかかわらず、Yに対し、XにおけるYの月収(額面約20万円。〈証拠略〉)の5年分以上に相当する1270万5144円もの大金の賠償を請求することは、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くというべきである。
 ウ したがって、Xによる本訴の提起は、Yに対する違法な行為となる。」

「XがYに支払うべき平成26年12月分の賃金を支払っていないことについては、労働基準法24条に違反する点が認められるものの(Yはこの点についてXに慰謝料を請求するものではないと解される。)、Xにおいて、Yが主張するような違法というべき退職妨害行為があったものと認めるに足りる主張立証はない。」

「ア Yは、Xが、本訴及び反訴の準備書面において、X訴訟代理人弁護士を通じて、Y及びYの家族に対する人格攻撃をしたと主張するところ、民事訴訟において、裁判を受ける権利の行使として自由な主張立証活動が保障されなければならず、その主張立証行為の中に相手の名誉等を損なうような表現が含まれていたとしても、相手を誹謗中傷する目的の下にことさら粗暴な表現を用いた場合など、著しく相当性を欠く場合でない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。
 イ これを本件について見るに、「YがXを欺くために躁うつ病のふりをしている。」との準備書面の記載は、まさに、Yが躁うつ病であるという虚偽の事実をねつ造して退職し、業務の引継ぎを行わなかったとする、本件訴訟におけるXの請求内容そのものである。また、「Yが躁うつ病という病を選んだ理由は他にもある。それは①Yの母は、長期間に渡り(ママ)鬱病を罹患しており、自殺未遂の経験もある。その母親をやはり長期に渡り(ママ)間近で見ていたので、一番安易にマネが出きること、②最近の社会現象となっているメンタル性の病であれば、簡単に業務から離れ易いこと、などが挙げられる。そして見事に鬱病を演じきっただけでなく、挙句の果てに、XやXの顧客を納得させる理由(診断書の提出)の説明責任すら放棄したのである。」との準備書面の記載も、Yが躁うつ病のふりをしているとのXの主張を裏付けるために、その主張内容に即して記載されたものであると認められる。
 そうすると、後者の記載にはいささかY及びYの母への配慮に欠ける面があるにしても、著しく相当性を欠くものとしてYに対する不法行為を構成するに足る違法性を有するものとはいえない。なお、Yの母への人格攻撃に関するYの主張は、権利主体が異なるため、失当である。」

「以上より、Y主張のXの不法行為については、本訴提起が不当訴訟であるとの主張のみ認められる。」