大作商事事件‐東京地判 令元・6・28 労働経済判例速報2409号3頁

【事案】
 Xが,Yに対し,割増賃金の支払等を求め,これに対し,Yが,Xに対し,損害賠償請求等をしたもの。

【判断】
「ア Xは,X主張を裏付ける証拠として,自身が使用していたパソコンから抽出した記録であるというログ記録(書証略)を提出している。その内容は概ね別紙4(略)記載のとおりであって,これによれば,Xが出勤簿記載の労働時間よりも長く業務に従事していた可能性があるとみることができる。
 イ(ア) よって検討するに,X本人は,出勤簿を作成するほかログ記録を残していた理由について,要旨,残業実績が出勤簿記録の労働実績より実際には多かったため,念のため残しておいた旨の供述をしている。かかる供述内容自体に特段不自然な点は見出されず,その抽出方法も,他の証拠(略)に照らし,自然なものとして首肯することができる。この点,Yは,ログイン・ログアウトを人為的に行った記録を特定するとすることは困難であるとの意見書(書証略)を提出し,ログ記録について争うが,上記甲号証に照らせば,少なくとも使用していたパソコンのWindowsの起動と正常シャットダウンの日時の特定に妨げないものといえる。
 また,Xは,Yにおいて本件業務に当たってきたものであるところ,その業務の性質上,パソコンを多く利用する業務であったことは…認定のとおりである(…)。しかも,Xの供述によればもちろん,証人Aの証言によっても,パソコンを利用するのは,基本的には当該パソコンを割り当てられた個々の従業員であったものである(人証略)。この点,証人Aの証言中には,他の従業員がXのパソコンを使用することもあったという趣旨の供述部分はあるが,A自身も頻繁にはないとしている上,具体的な頻度について自発的に的確な供述をできておらず(人証略),その供述はたやすく採用できない。しかも,…認定のとおり,Yにおいては週初めの午前8時30分から朝礼が行われていたところ,ログ記録は,内容的にもこうした事実に多く沿っているとみることができるほか,グループウェアのタイムカード記録(出勤記録)との齟齬もほぼ認められず,むしろ,ごくごく断片的証拠ではあっても,Yの業務に係る画像データや動画データの更新日時との符号も認められる(書証略)。なお,Yは,これらデータにつき,更新日時を変更することが可能で信用性がないなどとも主張しているが,そのように改変がなされたと見るべき形跡は認められない。
 以上に対し,Yは,Xが虚偽のログ記録を作成したなどとも主張している。しかし,そうであれば,本件請求期間全体についてログ記録を作成するのが自然というべきところ,Xのログ記録は一部欠落や定時の遅れの部分も認められ,殊更不正な残業代請求のために作出したとみるには不自然である。その他,上記Y主張のように虚偽のログ記録を作成したとみるべき的確な証拠もなく,上記Y主張は採用することができない。
 以上のとおりであって,具体的には他の従業員による使用があったと認められる稼働日はともかく,そうでない限りは,ログ記録を手掛かりとしてXの労働時間を推知することに相応の合理的根拠はあるといえ,これを基礎に,出勤簿記載の労働時間を超えて業務に従事していた旨述べるX本人の供述にも相応の信用性を認めることができるところであって,他に的確な反証のない限りは,ログ記録を手掛かりとしてXの労働時間を推知するのが相当である。
 (イ) 以上に対し,Yは,X本人が,本人尋問において,新人研修の際にY従業員のDから月当たりの残業時間を30時間以内としなければならない旨の指導を受けたなどと供述していることをとらえて,そのような事実はなく,その旨述べるX本人の供述は不自然であるなどと主張する。確かに,証人Dは,月30時間を超える残業時間を記載することを禁ずる指導をしたことを否定する証言をしており,他にそのような指導がなされたことを裏付ける的確な証拠もなく,かえって,Yの従業員の中には月30時間を超える残業時間を申告していた者がいると認められることは…認定のとおりである(…)。しかしながら,X申告の出勤簿の残業時間をみると,別紙3(略)のとおり,月当たり30時間未満とされている月も散見されるものの,どの月も30時間を超えることはなく,多くは寸分違わず30時間と申告されているところであって,このこと自体,Xが,実際の労働時間いかんにかかわらず,月30時間以内に残業時間をとどめようとしていたことを強く窺わせるものといえる。そして,証人AやDも,業務の効率的遂行といった観点から,個々の従業員の月当たりの残業時間が30時間以内となるよう指導していたこと自体は否定をしていない(…)。そうしてみると,Xがこうした指導故に出勤簿記載の残業時間を多くとも30時間にとどめることとしていたと推認するのが合理的というべきであって,X本人の供述は同旨を述べるものとしてむしろ首肯することができる。したがって,Y指導の点は,上記説示の点においてXの供述の信用性を高めこそすれ,その信用性を損なうものということはできない。」
「(ウ) Yは,グループウェアのタイムカード記載の打刻時刻(出勤時刻)によれば,むしろ,Xは,別紙2(略)赤字記載のとおり,異常な回数の遅刻を繰り返していたなどと認めるべきである旨主張する。確かに,Yにおいては,出勤事実等の確認のため,出勤に際し,グループウェアのタイムカード記録を打刻するよう指導していたことがあったものであるところ,Xのタイムカード記録(出勤記録)は同別紙(略)のとおりであり(…),証人Aの証言中にはXがしばしば遅刻をしてきた旨述べる部分がある。
 もっとも,Xは,上記Y主張を争っているところ,Xが定時に遅れたタイムカード記録を記録してもYから特段注意や指導をされることはなかったことは…認定のとおりであって(…),かかる点に鑑みると,Xに対し,タイムカード記録による出勤時刻の勤怠管理が厳格に履践されていたとはいえず,タイムカード記録の記録時間に定時に遅れるものがあったからといって,そのことから直ちに実際に遅刻をしていたとみるべきことになるものとはいえない。この点,Yはタイムカード記録の出勤時刻が実際の出勤時刻とみなされるべきであるなどといった主張もしているが,労働時間に該当するか否かは…客観的に定まるのであって,そのように解すべき根拠はない。かえって,前記のとおり,相応の信用性を認め得るログ記録によれば,ほとんどは所定始業時刻に先立つ起動時刻であると認められ,これに遅れる起動時刻のものはごくごく少数であること,また,Yにおいても,定時出勤した旨記載された出勤簿の記載内容について上司認印を施すなどしてこれを認め,基本給の支払をしていたこと(…)を指摘することができる。これらの点にも照らすならば,X自認の遅刻はともかく,特段の具体的な反証の認められない本件において,Yの主張するような頻回の遅刻欠勤まではなかったものと認めるのが相当であって,これに反する証人Aの前記証言もたやすく採用し難い。」

「そもそもXにYの主張するような頻回の遅刻欠勤があったとまでは認め難いところ,Xの自認している遅刻についても,出勤簿にみられるように,Yにおいて異議なく通常出勤があったものと認め,基本給を支払っていることからすれば,これを宥恕していたものとみるのが相当であり,これに反して不法行為又は不当利得の成立をいうYの主張は採用することができず,これら請求権は肯認することができない。」

「Xがログ記録を創作したなどとはたやすく認め難く,XY間に,残業代請求に係る確定判決があったわけでもなく,むしろ,…Yに割増賃金の支払義務があるということができるのであって,Xの本訴請求がおよそ事実的,法律的根拠を欠くということはできず,本訴提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くということはできない。したがって,本訴提起が違法性を帯びるということはできないのであって,そもそもYの主張するように不正な残業代請求などということはできず,不法行為の成立をいうYの主張は採用することはできない。
 また,…Xに本訴提起を避止すべき労働契約上の義務があるとは到底認め難く,労務提供義務がおよそ不履行の状態にまで至っているとも認め難いところであって,債務不履行の成立をいうYの主張も採用することができない。
 以上のとおりであるから,これら請求権を肯認することもできない。」