ジャパンビジネスラボ事件‐東京高判 令元・11・25 労働経済判例速報2400号3頁

【事案】
 Xが,Yに対し,正社員の地位にあることの確認等を求めたもの。
 原審が,Xの請求を一部認容。
 X,Y共に敗訴部分を不服として控訴。

【判断】
「ア Xが育児休業を取得する以前の本件正社員契約と本件契約社員契約の労働条件を単純に比較すると,前者は固定残業分が含まれており月額48万円であるのに対し,後者は時間の単位は変わらないものの,固定残業分がないため10万6000円であり,前者は雇用の期間が定められていないのに対し,後者は更新があるものの期間は1年であって,雇用の安定において差があり,退職金の算定に当たっても契約社員の期間は通算されないことなどの面において不利益があることは否定できない。もっとも,これは,Xが週5日の勤務が可能であることを前提にした場合である。
 しかしながら,実際は,Xは,本件合意の時点においては,子を預ける保育園が見付からず,家族のサポートも十分に得られないため,週5日勤務が困難であり週3日4時間の就労しかできなかったのであるから,子を預ける保育園が確保できる見込みがないまま,週5日勤務の正社員のコーチとして復職すれば,時間短縮措置を講じたとしても,コーチとしてクラスを担当すること自体が困難になったり,クラスを担当してもその運営に大きな支障が生じたりし,あるいは欠勤を繰り返すなどして自己都合による退職を余儀なくされるか,勤務成績が不良で就業に適さないとして解雇されるか(就業規則34条1項2号),さらには出勤常ならず改善の見込みがないものとして懲戒解雇される(就業規則31条2号)おそれがあるなどの状況にあったものである。
 イ ところで,Yにおいては,育児休業明けの従業員らに対し,子の養育状況等の就労環境に応じて多様な雇用形態を設定し,「正社員(週5日勤務)」,「正社員(週5日の時短勤務)」,「契約社員(週4日又は3日勤務)の中から選択することができるように就業規則等を見直し,契約社員制度を導入したものであるが,この制度改正については,育児休業中のXに対しても個別に説明がされ,Xも,このようなYの取組に謝意を述べていたところであって,Xには,育児休業終了までの約6か月の間,子を預ける保育園の確保や家族にサポートを相談するなどして,復職する際の自己に適合する雇用形態を十分に検討する機会が与えられていたものである。そして,Xは,時間短縮措置を講じても正社員として週5日勤務することが困難な状況にあったため,一時は転職や退職を考えたものの,育児休業終了の6日前になって,正社員ではなく週3日4時間勤務の契約社員として復職したい旨を伝え,育児休業終了の前日に,契約書の記載内容,契約社員としての働き方や賃金の算定方法等について説明を受け,これを確認して,本件契約社員契約を締結したものである。
 このようなYによる雇用形態の説明及び本件契約社員契約締結の際の説明の内容並びにその状況,Xが育児休業終了時に置かれていた状況,Xが自ら退職の意向を表明したものの,一転して契約社員としての復職を求めたという経緯等によれば,本件合意には,Xの自由な意思に基づいてしたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するものといえる(最高裁平成26年10月23日第1小法廷判決・民集68巻8号1270頁参照)。
 したがって,本件合意は,均等法9条3項や育介法10条の「不利益な取扱い」には当たらないというべきである。」

「Xは,本件合意は,Xが正社員への復職を希望することを停止条件とする無期労働契約の締結を含むものと主張する。
 しかしながら,…本件書面中の「契約社員は,本人が希望する場合は正社員への契約再変更が前提です」との記載は,契約社員については,将来,正社員として稼働する環境が整い,本人が希望をした場合において,本人とYとの合意によって正社員契約を締結するという趣旨であり,本人からの申出のみで正社員としての労働契約の効力が生じるというものではない。本件雇用契約書中にも,契約期間内にXからの申出により正社員としての契約への変更する旨の記載などない。そして,本件書面にも明らかなように,正社員と契約社員の業務内容については,正社員はコーチ業務として最低限担当するべきコマ数が定められており,各種プロジェクトにおいてリーダーの役割を担うとされているのに対し,契約社員は上記コマ数の定めがなく,上記リーダーの役割を担わないとされており,その役割等に相当大きな差異があるのであって,コーチとして十分な業務ができるか否かについてのYの評価や判断を抜きにして,社員の一存で正社員への変更が可能と解する余地はない。
 したがって,本件合意は,Xが正社員への復職を希望することを停止条件とする無期労働契約の締結を含むものでないことは明らかである。」

「Xは,XとYとの間で,Xが子を預ける保育園を確保して正社員に戻ることを希望した場合には,速やかにXが担当するクラスのスケジュールを調整して正社員に復帰させる合意(本件正社員復帰合意)が成立したと主張する。
 しかしながら,…本件書面中の「契約社員は,本人が希望する場合は正社員への契約再変更が前提です」との記載は,契約社員については,将来,正社員として稼働する環境が整い,本人が希望した場合において,本人とYとの合意によって正社員契約を締結するという趣旨である。そして,正社員は,契約社員とは異なり,コーチ業務として最低限担当するべきコマ数が定められていることから,正社員として再契約するには,コマ数を増加させるためのスケジュール調整が必要であるが,それに加えて,正社員は,各種プロジェクトにおいてリーダーの役割を担うとされているのであるから,コーチとして十分な業務ができるか否かについてYの評価や判断を抜きにして,スケジュールの調整ができさえすれば,Yに正社員契約の締結が義務付けられる性質のものではない。Yにおいても,Xについて正社員として再契約をしない理由は,スケジュール調整の問題だけではない旨繰り返し説明しているところである。
 したがって,契約社員について,将来,正社員として稼働する環境が整い,本人が希望した場合において,本人とYとの合意によって正社員契約を締結するとされているとしても,それはあくまで将来における想定にすぎず,本件契約社員契約の締結時において,契約社員が正社員に戻ることを希望した場合には,速やかに正社員に復帰させる合意があったとはいえない。」

「Xの正社員の地位の確認請求及び未払賃金等請求はいずれも理由がない。また,本件正社員復帰合意の債務不履行による損害賠償請求も理由がない。」

「本件契約社員契約は,本件雇用契約書に記載されているように,1年という契約期間の定めのある有期労働契約である。
 しかしながら,Yにおいては,コーチの新規採用は正社員(週5日勤務)のみとされるが,育児休業明けのコーチについては,正社員(週5日勤務)に加え,正社員(週5日の時短勤務),契約社員(週4日又は3日勤務,1年更新)の中から雇用形態を選択することができ,契約社員については,将来,正社員として稼働する環境が整い,本人が希望する場合にはYとの合意によって正社員(週5日勤務)への契約を再締結されるものとされ,例として「入社時:正社員→(育休)→育休明け:契約社員→(子が就学)→正社員へ再変更」が挙げられている。
 このように,Yにおける契約社員制度は,育児休業明けの社員のみを対象とするものであり,子の養育状況等によって,将来,正社員(週5日勤務)として稼働する環境が整い,本人が希望する場合には,正社員として期間の定めのない労働契約の再締結を想定しているものであるから,本件契約社員契約は,労働者において契約期間の満了時に更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものと認められる有期労働契約(労働契約法19条2項)に当たるものというべきである。」

「執務室内の会話を無断で録音することは,Yのコーチングといった業務上のノウハウ・アイディアや情報等が漏えいするおそれがあるほか,スタッフが少人数であり,執務室も限られたスペースであること(人証略)から,コーチ同士の自由な意見交換等の妨げになり,職場環境の悪化につながる一方で,執務室内の会話をあえて秘密録音する必要性もないから,Yにおいて,一般的に執務室内の録音を禁止し,従業員に対して個別に録音の禁止を命じることは,業務管理として合理性がないとはいえず,許容されるものと解される。
 しかるに,Xは,Yからの指導を受け,Y代表者からも録音の禁止を命じられたにもかかわらず,あえてこれに従うことなく,執務室内における録音を止めなかったのみならず,自らが署名した誓約書を撤回すると述べたり,執務室内における録音をしない旨を約する確認書を自ら提出したにもかかわらずこれを破棄して録音をしたものであるから,このようなXの行為は,服務規律に反し,円滑な業務に支障を与える行為というべきである。
 これに対し,Xは,業務改善指導書等を交付させるなどしてYから不当な攻撃を受けたことから,自己の権利を守るために録音したとか,本件組合に伝えるために録音したとか,証拠として録音し,必要なものを除き,その都度消去し,目的外使用しなかったなどと弁解するが,組合に伝達するためであれば,メモ書きでも足り,録音の必要性はなく,ボイスレコーダーを用いて執務室内の会話を録音していたのは,業務改善指導書の交付を受ける前の育児休業から復職した直後からであり,自己の権利を守るといいながら,結局,Y関係者からの発言を秘密裏に録音し,そのデータをマスコミ関係者らに手渡していたのであるから,録音を正当化するような事情はない。また証拠として録音したともいうが,本件では,Xは,Yに対し,正社員として再契約を締結することを求めているところ,それは就業環境とうよりも交渉の問題であって,執務室内における言動とは直接関係はなく,仮に何らかの関連がなくはないとしても,執務室内における会話を録音することが証拠の保全として不可欠であるとまではいえず,結局,自己にとって有利な会話があればそれを交渉材料とするために収集しようとしていたにすぎないものである。」

「Xは,マスコミ関係者らに接触し,情報を伝え,録音データを提供した結果,①男性上司から「俺なら,俺の稼ぎだけで食わせる覚悟で,嫁を妊娠させる」と言われた,②育児休業終了後に子が保育園に入れば正社員に戻すとの条件で週3日勤務の契約社員として復帰し,その後保育園が決まったのに,上司は正社員に戻すことを渋り,押し問答の末に上記発言が出た,③女性は社長とも話し合ったが,「産休明けの人は優先しない」などと言われ,嫌なら退職をと迫られた,④まさに社を挙げてのマタハラで,労働局の指導も会社は無視,⑤女性の後に育休を取った複数の社員も嫌がらせを受けて退職した旨の報道がされ,録音データが再現されるなどしたものである。
 このうち,②の「保育園に入れば正社員に戻す条件があった」との事実は真実ではない上,「保育園が決まったのに正社員に戻すことを渋った」という事実についても,Xの説明でさえ,保育園はそもそも申込みすらしなかったというのであるから,保育園が決まったものではなく,保育園に子を預けることが決定したのに,Yが正社員への再契約をしなかったというのは,真実ではない。③については,Xの求めが,自己の都合のみを優先し,土日クラス担当のみを希望し,夜間にあたる平日のクラス担当は考えていないという現実味のないものであったことから,Y代表者らが,クラスの担当についてXの都合のみを優先するわけにはいかない旨を説明したことがあるが,育児休業明けの者を優先しないとは述べていないのであって,これも真実ではない。また,Yは,退職を迫ったこともないから,嫌なら退職をと迫られたというのも,真実ではない。④についても,Yは労働局の助言に従ってXと面談の機会を設けたものであって,労働局からの指導はなかったのであるから,労働局の指導を無視したというのは,真実ではない。⑤についても,Xが育児休業取得後に複数の社員が嫌がらせを受けて退職した事実はないから,真実ではない。Xは,Eからのメールで女性従業員が辞める理由は,育児に専念するために育児休業期間の満了により退職した旨説明を受けたものであるし(書証略),Xは,女性従業員らが面談を受け,圧迫さを感じたと言っていた旨供述するが,実際に本人に具体的な理由を確認したわけではない。そして,このように上記報道された事実のほとんどが真実ではないことは,Xがした録音データやXが取得した「労働局長の助言・指導処理票」(書証略)等からも明らかであるし,Yからも繰り返しその旨の指摘を受け,X自身それに根拠をもって反論できたわけではなかったのであるから,Xも十分それを認識していたものというべきである。
 そうすると,Xは,労働局に相談し,労働組合に加入して交渉し,労働委員会にあっせん申請をしても,自己の要求が容れられないことから,広く社会に報道されることを期待して,マスコミ関係者らに対し,Yの対応等について客観的事実とは異なる事実を伝え,録音したデータを提供することによって,社会に対してYが育児休業明けの労働者の権利を侵害するマタハラ企業であるとの印象を与えようと企図したものと言わざるを得ない。」

「Yは,…Xが自己の主張に固執して業務命令に従わないことや保育園の申込みをしていないにもかかわらず,それを秘して正社員への再契約を求めて交渉する不誠実な態度に終始したことなどによっても,信頼関係が毀損されたなどと主張するが,少なくとも,…Y代表者の命令に反し,自己がした誓約にも反して,執務室における録音を繰り返した上,職務専念義務に反し,就業時間中に,多数回にわたり,業務用のメールアドレスを使用して,私的なメールのやり取りをし,Yをマタハラ企業であるとの印象を与えようとして,マスコミ等の外部の関係者らに対し,あえて事実とは異なる情報を提供し,Yの名誉,信用を毀損するおそれがある行為に及び,Yとの信頼関係を破壊する行為に終始しており,かつ反省の念を示しているものでものないから,雇用の継続を期待できない十分な事由があるものと認められる。
 したがって,本件雇止めは,客観的に合理的な理由を有し,社会通念上相当であるというべきである。」

「…Yが,Xに付与した業務用のメールアドレスに送信されたX宛てのメールを閲読し,そのメールを送信した社外の第三者らに対し,Xが就業規則違反と情報漏洩のため自宅待機処分となった旨を記載したメールを送信したことが認められる。
 Yは,Xが録音禁止の命令や指導に従わず,誓約書も撤回すると述べたことなどから,情報漏洩の観点から,一定期間,上記メールアドレスへのアクセスを禁止したものであり,その期間に上記メールアドレスに送信されたメールをYが閲読することについては,業務上の正当性があるが,少なくとも就業規則違反と情報漏洩のため自宅待機処分となった事実は,一般的には他人に知られたくない情報であって,これを社外の者らに伝える必要性はないから,たとえ,相手方がXが就業時間内に上記メールアドレスを使用してやり取りをしていたマタハラNet関係者らであったとしても,その情報を伝えることは,Xのプライバシーを侵害する行為であることに変わりがない。
 しかしながら,この点を除くと,…Xが主張するYの行為が違法なものとは認められない。」

「業務改善指導書等は,日頃から述べているYの主張やYとXとの間のやり取りを文章化して整理したものであり,異議があれば記載するように説明して一括交付されたものであって,その内容も,執務室内における秘密録音を禁止し,実際にあったXの言動を指摘し,外部に対して事実と異なり退職勧奨されたなどと述べたことを注意・指導するものである。確かに,XがYの主張に反する主張を繰り返していることを批判する部分もあるが,全体としてみれば,指導の範囲を逸脱した違法なものとまではいえない(…)。」

「Xは,…Cが,Xに対し,「俺は彼女が妊娠したら,俺の稼ぎだけで食わせるくらいのつもりで妊娠させる。」旨のマタハラ発言をしたことは違法であると主張する。
 …面談において,Xが,Yのために行動している旨を述べ,Cに対し,「私が今置かれている立場になって,Cさんも,例えば,Hさん(Cの妻のこと)とかに置き換えて考えてみると,また違う考え方ができるんじゃないかなと思うんですけれども」と述べ,Cの妻もXと同様に正社員復帰を望むのではないかと尋ねたのに対し,Cがこれを否定し,「それはケースバイケースだよ。甲野さん。俺は彼女が妊娠したら,俺の稼ぎだけで食わせるくらいのつもりで妊娠させる。」と発言し,これをXが無断で録音していたことが認められるが,このような発言は,上記のようなXとCとの間の一連のやり取りの中で,仕事を辞めてCの留学に同行したCの妻の件をXからわざわざ持ち出して質問したのに応じて,Cが自己の個人的な意見を表明したにすぎず(証拠略),上長の立場から部下に自己の価値観や家庭観を押し付けようとしてしたものではない。したがって,上記発言は,適切なものとはいえないものの,就業環境を害する違法なものとまではいえない。」

「本件各発言に基づく報道は,語学スクールを経営するYがあたかもマタハラ企業であるような印象を与えて社会的評価を低下させるものであり,実際に,Yを非難する意見等も寄せられたものであるから,本件各発言に基づく報道によってYの受けた影響は小さくないが,本件各発言に基づく報道の中にはYの主張も併せて紹介したものがあったことやYの公式ウェブサイトにおいてYの見解を表明して反論していることなど本件に現れた一切の事情を考慮すると,Xらによる本件発言…がされ,これに基づく報道がされたことにより,Yが被った名誉又は信用を毀損されたことによる無形の損害は,…円と認めるのが相当である。」