ゴールドマン・サックス・ジャパン・ホールディングス事件‐東京地判 平31・2・25 労働判例1212号69頁

【事案】
 Xが,Yに対し,YがXを解雇したこと(主位的には試用期間の満了に伴うものであり,予備的には事業の縮小等に伴うものである。)について,労働契約上の地位確認等を求めたもの。

【判断】
「(1) 本件主位的解雇は,本件労働契約において定められた試用期間中に,本件就業規則第7条1及び同条2の定め(…)によって留保された解約権に基づき,されたものであると認めることができる。このような留保された解約権の行使は,その留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当として是認される場合にのみ許されるものというべきであり(最高裁判所昭和48年12月12日大法廷判決・民集27巻11号1536頁参照),客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合には,権利を濫用したものとして,無効となると解される(労働契約法(平成19年法律第128号)16条)。
(2) これを本件に即して具体的に見ると,Xは,…認定したとおりの年齢であり,及び経歴を有する者であり,本件オペレーションズ部門への中途採用を希望して応募したものであるところ,Yの募集要項も,汎用的で様々な部署に配置されることがある正社員を一般的に募集するというものではなく,本件オペレーションズ部門のレギュラトリー・オペレーションズ部という特定の部門において,当局宛ての報告書の作成や正確性の確認業務等といった特定の専門的な業務を担当することを前提とし,その旨を明示した内容であったものであり,その対象者に求められる基本的資質としても,大学卒業以上という一般的な基準だけでなく,金融業務における5年以上の実務経験,複雑な金融商品・機能に関するデータ分析等の業務経験を有していること等が内容とされていたものである。加えて,Xが上記の経歴を記載した履歴書を提出していること等をも考慮すると,Xは,いわゆる大学新卒者の新規採用等とは異なり,その職務経験歴等を生かした業務の遂行が期待され,Yの求める人材の要件を満たす経験者として,いわば即戦力として採用されたものと認めるのが相当であり,かつ,Xもその採用の趣旨を理解していたものというべきである。
 そして,…本件就業規則第7条1及び同条2の定めの内容をも併せて考えると,当該定めによって留保された上記(1)の解約権は,試用期間中の執務状況等についての観察等に基づく採否の最終決定権を留保する趣旨のものであると解されるから,その解約権の行使の効力を考えるに当たっては,上記のようなXに係る採用の趣旨を前提とした上で,当該観察等によってYが知悉した事実に照らしてXを引き続き雇用しておくことが適当でないと判断することがこの最終決定権の留保の趣旨に徴して客観的に合理的理由を欠くものかどうか,社会通念上相当であると認められるものかどうかを検討すべきことになる。
(3) そこで,上記(1)及び(2)において説示したところに従って,本件主位的解雇たる留保された解約権の行使が客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当として是認される場合に当たるかどうかについて,検討する。
 ア …認定したとおり,B VPがCリーダーやD代理に対して平成27年8月19日からXの業務遂行の状況やミスの発生の状況等を記録して組織的に共有するように指示しているところ,毎営業日についてその記録が取られており,少なくとも同日以後は,毎営業日についてXが少なくない数の業務遂行上のミスをしているものである。また,同日より前の時期についても,詳細かつ具体的な記録が取られていたわけではないものの,B VPは,その陳述書(〈証拠略〉)及び証人尋問において,Xの業務遂行の状況等の記録を取り始めるように指示をした契機について,Xの仕事上のミスが多く,このままでは業務に支障が生ずる旨の報告をA氏から受けたことにある旨陳述しているところ,この陳述の内容は,客観的な経緯に整合するものとして採用することができるから,同日より前の時期についても,…認定した同日以降の状況と同様に,Xが業務遂行上のミスを少なからずしていたものと推認するのが相当である。
 イ Xは,…YがXの業務遂行の状況やミスの状況を記録していた目的が,Xの雇用を終了させることをほぼ決定事項として上で,専ら裁判の証拠を収集するということにあった旨を主張しており,その陳述書(〈証拠略〉)及び本人尋問において,当該主張に沿う内容の陳述をしている。
 しかしながら,B VPは,その証人尋問において,Xの担当する報告書の作成業務の重要性をXに理解してもらうとともに,ミスが発生した原因を分析してXに改善してもらうことが必要不可欠であったことから,Xの業務遂行の状況等を記録するように指示をした旨を陳述しているところ,その内容は,合理的なものとして首肯することができるものである。そして,Yにおいては,Xの業務遂行の状況等を記録していたというだけではなく,…認定したとおり,B VPやE VPにおいて,Cリーダーらの報告を踏まえ,平成27年9月4日以降は,Xとの面談を連日にわたって実施し,Xのした具体的・個別的なミスに関して当該業務の重要性の説明や原因等について事情聴取をしたり,B VPらの意見を伝えるなどしていたものであり,Xの記録を組織的に共有していること等をXに対して秘匿していたものでもなく,むしろ,Xの業務遂行の指導・改善に生かそうとしていたものとみることができる。また,…認定したように,B VPは,上司であるK氏らに対してXとの面談の状況を逐次報告していたところ,その報告の内容には,Xの問題点ないし欠点ばかりでなく,「いくらか改善はみられる」などのXを評価する内容の指摘も含まれていたものであり,その報告の内容が客観性を欠くものとはうかがわれないし,Xを解雇するなどの方針を既に固めていたといった事情を推認することもできない(そもそも,本件全証拠を精査しても,Xに関して,業務上のミスを頻発させたことによってその適格性を欠くとの判断をYがしたこと以外に,Xをその試用期間中に解雇することをYにおいて決定しなければならない事情をうかがうことができない。なお,B VPらがXの業務遂行の状況等の記録を取り始めた当時に,試用期間の満了の時点でXの解雇等に至るおそれがあることを認識していた可能性を払拭することはできないが,この可能性は存在が上記に説示したところに影響を及ぼすものではない。)。
 そうすると,この点に関する上記のB VPの陳述は採用することができるから,Yが専らXを解雇する目的をもって証拠を確保していた等の事情は認めることはできず,上記のXの主張を採用することもできない。
 ウ 上記アにおいて認定し,説示したXの業務遂行の状況に関しYは,…Xが金融機関の職員としてあってはならない致命的なミスを繰り返したものであり,Yの従業員としての適格性を欠くものであって,Xが何度も注意や指導等を受けても当該ミスの重大性を認識することができず,問題性の改善の見込みがなかった旨を主張しており,B VPは,その陳述書及び証人尋問において,当該主張に沿う内容の陳述をしている。
 確かに,関係法令等に基づいて作成し,監督官庁ないし取引所への提出を要する報告書の内容に誤りがないようにすることの重要性は,事柄の性質上明らかというべきであるし,上記のB VPの陳述は,Xの業務遂行の状況等の記録や報告を求めたり,時間や労力をかけてXとの面談を連日にわたって実施したという客観的な経緯にもよく整合するものである。
 この点において,Xは,…Yの指導態勢が極めて不十分であった旨を主張し,また,その陳述書や本人尋問において,当時のYのマニュアルやチェックリストには不備があった旨を陳述している。しかしならが,Xに対する指導や面談の経緯は,…に認定したとおりであって,Yの従業員らにおいて相当の時間や労力をかけたものというべきであり,その内容において不当と認められる事柄も見当たらないし,…平成27年9月9日の状況に鑑みれば,XがB VPに対してチェックリストの内容が最新ではないことを指摘したことは認められるものの,当該内容が最新のものでなかったという部分はXがしたミスに関わりのない部分であったとうかがわれるものであるから,この点に関するXの陳述をそのまま採用することはできない。
 したがって,上記のB] VPの陳述のとおり,Xがした多数のミスは,決して軽微なものと評価すべきものということはできないし,B VPらが多数回にわたってXに対して指導等を行ったものの,有意の改善が見られなかったものと認めるのが相当である。
(4) 上記(2)において認定したXに係る採用の趣旨を前提とし,以上に説示したところに加え,…認定したXの業務上のミスがそもそも指導等によって改善を期待するというよりも,自らの注意不足や慎重な態度を欠くことにも由来するものであると考えられることなどの諸事情を総合的に考慮すると,Xに対する指導の中では「いくらか改善がみられる」旨が言及されたこと等の事情があったとしても,Xを引き続き雇用しておくことが適当でないとのYの判断が客観的に合理的(ママ)を欠くものであるとか,社会通念上相当なものであると認められないものであるとは,解し難い。
 したがって,本件主位的解雇は,権利の濫用に当たるということはできず,有効なものというべきである。」