社会福祉法人北海道社会事業協会事件‐札幌地判 令元・9・17 労働判例1214号18頁

【事案】
 Xが,内定を取消されたことをめぐり,Yに対し,損害賠償請求をしたもの。

【判断】
「2 争点(1)(本件内定取消しの適法性)について
(1) HIV感染事実を告知すべき義務の有無について
 ア 前記前提事実(5),(8)のとおり,Yは,XをY病院の社会福祉士として採用することを内定していたにもかかわらず,これを一方的に取り消したものである(本件内定取消し)。Yは,その理由として,①Xが,平成29年12月25日の本件面接の際に,持病の有無を問われたにもかかわらず,HIV感染の事実を告げなかったこと,②Xが,平成30年1月12日,Y病院総務課職員から持病について質問をされた際に,HIV感染の事実を否定する旨の返答をしたこと(以下,上記①及び②を併せて「本件不告知等」という。)を挙げている。これに対し,Xは,そもそもXにはHIV感染の事実を告知すべき義務がないなどと反論している。
 そこでまず,XがYに対してHIV感染の事実を告知すべき義務があったといえるか否かについて検討する。
 イ 近年,HIVに関する医学的知見が進展し,治療方法が確立されてきているものの,現在でもなおHIV感染者に対する社会的偏見や差別が根強く残っていることは,公知の事実である(〈証拠略〉にも,HIV感染者に対する差別や偏見をうかがわせるエピソードが紹介されている。)。また,HIV感染者に対する調査結果によれば,HIV感染者の8割近くは職場にHIV感染の事実を伏せたまま働いており,また,半数近くの者が同僚や雇用者の無理解や偏見を感じると回答していることが認められる(認定事実(5))。このことからすれば,本件報告書にも明言されているように(認定事実(4)),HIVに感染しているという情報は,極めて秘密性が高く,その取扱いには極めて慎重な配慮が必要であるというべきである。本件ガイドラインが労働者の採用選考に当たってHIV検査を行わないこととし,HIV感染の有無に関する労働者の健康情報についての秘密保持の徹底を定め(認定事実(2)ア(ア)b,c),本件報告書もHIV感染に関する情報は職業上の特別の要求がある場合を除いて原則として収集すべきではないとしているのも(認定事実(4)),HIV感染情報の有する上記の特性を踏まえたものであると解される。
 一方,HIVは,性行為を除く日常生活によっては感染せず(性行為による感染率も1%程度と極めて低いものである。),血液を介しての感染についても,HIVが存在する血液の輸血や注射器具の共用など,極めて例外的な状況のみ感染が想定されるものである(認定事実(1)イ)。これを踏まえ,本件ガイドラインにおいても,HIV感染それ自体によって仕事への適性は損なわれないことから,HIV感染それ自体は解雇の理由とはならず,HIV感染者が感染自体によって不利益な処遇を受けることがあってはならない旨が明記されているところであり,こうした指針は,労働者が通常の勤務において業務上HIVを含む血液等に接触する危険性が高い医療機関等の職場においても妥当するものとされている(認定事実(2))。
 そして,Xについてみても,前記前提事実(7)によれば,XのHIVは抗ウイルス薬により検出感度以下となっており,免疫機能も良好に維持されていると認められるのであって,主治医も,就労に問題はなく,職場での他社への感染の心配はないとの所見を示している。加えて,Y病院においては,Xが社会福祉士として稼働することが予定されていたところ(前提事実(4),(5)),社会福祉士は患者等に対して相談援助を行う事務職であるから,そもそもXがY病院における通常の勤務において業務上血液等に接触する危険性すら乏しいことは明らかである。現に,Xは,現在は,自らがHIV感染者であることを上司等に告げた上で,精神科病院において精神保健福祉士として稼働しているのである(〈証拠略〉,X本人)。そうすると,XがY病院で稼働することにより他者へのHIVが感染する危険性は,無視できるほど小さいものであったというべきである。
 以上の事情を総合考慮すると,XがYに対しHIV感染の事実を告げる義務があったということはできない。
(2) 本件不告知等について
 ア 上記(1)のとおり,XがYに対しHIV感染の事実を告げる義務はなかったのであるから,Xが本件面接において持病の有無を問われた際に上記事実を告げなかったとしても,これをもって内定を取り消すことは許されないというべきである。
 イ また,上記(1)イのとおり,HIVに感染しているという情報は,極めて秘密性が高く,その取扱いには極めて慎重な配慮が必要であるのに対し,HIV感染者の就労による他者への感染の危険性は,ほぼ皆無といってよい。そうすると,そもそも事業者が採用に当たって応募者に無断でHIV検査をすることはもちろんのこと,応募者に対しHIV感染の有無を確認することですら,HIV抗体検査陰性証明が必要な外国での勤務が予定されているなど特段の事情のない限り,許されないというべきである。
 本件では,上記特段の事情は認められないのであって,Y病院がXにHIV感染の有無を確認することは,本来許されないものであった。そうだとすると,Xが平成30年1月12日にY病院総務課職員から持病について質問された際にHIV感染の事実を否定したとしても,それは自らの身を守るためにやむを得ず虚偽の発言に及んだものとみるべきであって,今もなおHIV感染者に対する差別や偏見が解消されていない我が国の社会状況をも併せ考慮すると,これをもってXを非難することはできない。
(3) Yの主張について
 ア これに対し,Yは,Y病院が医療機関であることから,①従業員の医療記録に秘匿情報がある場合には拡散防止のための措置を講じる必要がある,②認知症患者等からの暴力により職員が出血を伴う傷を負う事件は稀ではなく,高度の感染防止策をとる必要があるから,Xに対し,HIV感染の事実を確認する必要があったと主張する。
 イ しかしながら,上記①については,医療記録に記載された情報は,基本的にその全てについて拡散防止のための措置を講じる必要があるというべきであるから,HIV感染の事実についてのみ例外的扱いを許容する合理的根拠は乏しいといわざるを得ない。
 ウ また,上記②については,確かに,本件ガイドラインにおいても,通常の勤務において業務上血液等に接触する危険性が高い医療機関においては,別途配慮が必要であるとされているところである(認定事実(2)イ)。
 しかしながら,前記(1)イのとおり,HIV感染の事実は取扱いに極めて慎重な配慮を要する情報であるから,そのような医療機関においても,HIV感染の有無に関する無差別的な情報の取得が許容されるものではない。そして,医療機関においては,血液を介した感染の予防対策を取るべき病原体はHIVに限られないのであるから,Y病院においてもHIVを含めた感染一般に対する対策を講じる必要があり,かつ,それで足りるというべきである。現に,医療機関の参考のために作成された本件手引においても,HIV感染について他の感染症とは異なる特別な対応をすべきことが提唱されているわけではなく,「職業感染対策」として,B型肝炎,C型肝炎等の感染症と並んでHIV感染対策に特化した記述がわずかに存するのみである(〈証拠略〉)。そうすると,医療機関といえども,殊更従業員のHIV感染の有無を確認する必要はないばかりか,そのような確認を行うことは,前記特段の事情のない限り,許されないというべきである。
 ましたや,Xは,社会福祉士として稼働することが予定されていたのであって,医師や看護師と比較すれば血液を介して他社にHIVが感染する危険性は圧倒的に低いと考えられるし,Xが患者等から暴力を受けたとしても,Xが大量出血しその血液が周囲の者の創傷等を通じて体内に偶然に入り込むなどといった極めて例外的な場合でもない限り,これが原因で他者にHIVが感染することは想定し難いというべきである。
 エ したがって,上記①及び②の主張はいずれも失当である。そして,Y病院に前記特段の事情があったとは認められないから,Y病院が医療機関であることをもって,Xに対しHIV感染の有無を確認することが正当化されるものではない。
(4) まとめ
 以上によれば,Xが本件不告知等に及んだことは事実であるものの,これをもって,本件内定取消しについて,客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合に当たるということはできない。したがって,本件内定取消しは,違法であって,Xに対する不法行為を構成するというべきである。
3争点(2)(プライバシー侵害による不法行為の成否)について
 前記前提事実(6),(8)のとおり,Y病院は,総務課職員が保管されていたXの医療記録を確認したところ,XがHIVに感染しているとの情報が記載されていたことから,Xに対し,HIV感染の有無を確認する趣旨の質問を行った上で,本件内定取消しを行ったものである。このように,Y病院は,本来Xの診療など健康管理に必要な範囲で用いることが想定されていたXの医療情報について,その範囲を超えて採用活動に利用したものである(本件利用)。本件利用については,Xの同意を得たものではないし(前提事実(6)参照),個人情報保護法16条3号各号所定の除外事由も認められない。Yは,XがHIVに感染しているという情報の拡散を防止し,感染防止策を講じる必要があったなどと主張するが,こうした主張に理由がないのは,前記2(3)に述べたとおりである。そして,ほかに本件利用について合理的な理由があったと認めるべき事情は,何ら見当たらない。
 そうすると,本件利用は,個人情報であるXの医療情報の目的外利用として個人情報保護法16条1項に違反する行為であるというべきである。そして,本件利用により,本来Xの診療や治療に携わる者のみが知ることができたXの医療情報が,採用担当者等にも正当な理由なく拡散されたのであるから,これによりXのプライバシーが侵害されたものであって,本件利用はXに対する不法行為を構成するというべきである。」