ソフトウェア興行(蒲田ソフトウェア)事件‐東京地判 平23・5・12 労働判例1032号5頁

【事案】
 Y1、Y2、Y3に対し退職金を支払ったXが、当該支払は法律上の原因がないとして、不当利得の返還を求めたもの。

【判断】
「本件退職金返還条項は、退職金支払後に、①懲戒解雇事由が明らかになった場合、②退職後2年以内に会社の許可なく同業他社に就職し、又は同業の営業を行ったことが明らかになった場合には、支払った退職金の返還請求(②の場合は、支給された退職金と第3号退職者の退職金との差額相当分の返還を意味すると解釈するのが相当である。)ができる旨定めているが、まず、その効力を検討する。
 Xの退職金規則を見ると、自己都合退職、会社都合解雇等の退職の事由により退職金の支給額に顕著な差異を設けており、Xにおける退職金が、功労報償的な性格を有している一方で、退職金の支給額は、退職時の賃金や勤続年数により左右されることからすると、賃金の後払いとしての性格も併せ有しているということができる。そうすると、退職金の返還は、労働者の権利に重大な影響を与えるものであると解すべきであり、単に懲戒解雇事由等が存在するというだけで直ちに退職金の返還が認められるわけではなく、更にこのことが、従業員のそれまでの勤続の功を抹消してしまうほどの著しい信義に反する行為がなければ、退職金返還義務を負わないという限定的解釈が必要となると解するのが相当である。
 次に、②の場合に関していえば、Yらが主張するとおり、この条項自体が、同業他社への転職禁止の範囲が広く、代償措置も講じられていないという問題が存在し得るところである。しかしながら、退職金が功労報償的な性格を有するXの退職金規則上、上記②の場合に退職金の一部の返還を求めることができると定めることが、特に不合理なものであるということはできないし、あくまでも退職金の返還条件を定めたのみであって一般に退職後の競業行為を禁止して従業員の職業選択の自由を不当に拘束するものとまでは認められない。
 以上を前提に、Yらについて、Xの主張する本件退職金返還条項①又は②に該当する事由があるか否か、①に該当する場合に本件退職金の返還条項に該当する事由が、それまでの勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為と評価されるか否かについて検討する。
8 Y1及びY3について
 ・・・Y1は、チームのミーティング等において部下の従業員に、Yを退職して新会社に移ることを話し、新会社の説明会を開催する等し、さらに、Y在職中に、H社を担当する従業員に対して、新会社に移るよう勧誘する等したものであり、在職中にその地位を利用して部下の従業員らに対して積極的に勧誘行為をしたものといわざるを得ない。また、Y3に関していえば、従業員の一人から、新会社に誘ったことに対するお礼のメールを受信する等していたことが認められ(〈証拠略〉)、J社を担当する従業員に対し、その地位を利用して積極的に新会社に移るよう勧誘行為を行ったものと認められる。そして、両Yとも、その在職中に行った行為は、業務時間外に限定してXとの雇用関係を前提とする人間関係、取引関係等を利用しないよう配慮する等して行われたとする痕跡は全然存せず、むしろ、Xとの雇用関係を前提とする地位、職場のメール、人間関係、取引関係等も利用する等して行われたものと評価することができる。また、両YともX退職後間もなく新会社に就職するとともに、従前Xに委託していた業務に従事する従業員が新会社に移籍することを認識する等して、業務委託先をXから新会社に変更した取引先の業務にX在籍時と同様に従事していることからすると、両Yが、各別にそれぞれに事情でXを退職することを決意し、偶然に新会社に就職したものとは到底認めがたく、両Yとも、在職中にXにおいて従事していた業務及び新会社において当該業務を継続するに足りる従業員がいずれも新会社に移行することに関与した上でXを退職し、新会社に就職したものと認められる。
 この点、両Yは、従業員に対して社会的相当性を逸脱するような新会社への引き抜き行為はしておらず、他の従業員も自らの判断で新会社に移ったに過ぎないと主張する。しかし、Y1に関していえば、H社を担当していた従業員中、Y1を含む18名がほぼ同じ時期にXを退職して新会社に移っていること、Y3に関していえば、J社を担当していた従業員中、Y3及び同Bを含む少なくとも12名が同一日にXを退職して新会社に移っていることからすると、両Yによる積極的な勧誘があったことが優に推認されるのであり、両Yの上記主張は採用できない。
 両Yの、在職中積極的に部下の従業員に対して新会社に移るよう勧誘する等したことは、就業規則45条1号・44条6号、45条3号・同条16号の懲戒解雇事由に該当する。
 また、上記認定のとおり、H社を担当していた従業員18名がほぼ同時期にXを退職して新会社に移り、また、J社を担当していた従業員中12名が同一日にXを退職して新会社に移ったこと、両Yとも、H社又はJ社担当の従業員が上記のように一斉にXを退職すれば、その結果、XのH社又はJ社に対する業務に支障が生じることを十分に認識していたと推認されること、両Yの行為により、XのH社及びJ社からの平成21年度の売上が0円になったことという各事情に照らせば、両Yについて、いずれもそれまでの勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為があったと認めるのが相当である。
 この点、両Yとも、残業代が支払われない等のXに対する不満から、新会社への就職を決めるより前に、Xを退職することを決意していた旨主張するが、両Yの退職の動機が、上記判断を左右するとは考えられない。
 以上によれば、Xは、両Yに対し、本件退職金返還条項に基づき、給付した退職金全額の返還を求めることができる。
9 Y2について
 ・・・Y2の従業員引き抜き行為について、証拠上、認められるのは、Y3の求めに応じて、J社を担当する従業員らが新会社に移る可能性につき、予想して管理していたことに尽きるのであり、少なくとも積極的に従業員に対して、新会社に移るよう勧誘したことを認めるだけの証拠はないのであるから、Y2について、就業規則45条16号の懲戒解雇事由が認められるとは言い難いし、少なくともそれまでの勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為があったというのは困難であるといわなければならない。そうすると、Xの懲戒解雇事由があることを前提とする退職金返還請求には理由がないことになる。
 次に、Y2は、Xを退職後すぐに、Xの許可なくXと同業である新会社に就職したのであるから、上記判断のとおり、Xの退職金規則上、退職後2年以内に同業他社に就職した者に該当するから、Y2が受給可能な退職金は、第3号退職金の限度であり、したがって、Y2が受領した退職金の2分の1相当額を返還すべき義務があるという結論になる。」