Y社ほか事件‐福岡地判 平30・11・30 判例時報2419号77頁

【事案】
 Xが,Y社及びその代表取締役であるY2に対し,Xが脳梗塞を発症し,後遺障害が残ったのは,Y社におけるXの業務に起因するものであるなどと主張し,損害賠償等の請求をしたもの。

【判断】
「四 争点(2)(Y社による安全配慮義務違反の有無)について
 (1) 労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のあることは,周知のところであり,労働基準法所定の労働時間規制や労働安全衛生法65条の3所定の作業管理に関する努力義務は,上記のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解されることからすれば,使用者は,雇用契約上の安全配慮義務として,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うものと解するのが相当である(労働契約法5条参照。なお,最高裁平成12年3月24日第2小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。
 (2)ア …Y社においてXの従事していた業務に伴う負荷は,客観的にみて,本件疾病を発症させるに足りる程度に過重なものであり,とりわけ,Xが従事していた恒常的な長時間労働は,著しい疲労の蓄積を生じさせる程度のものであったことからすると,Y社は,上記義務の一内容として,Xの健康状態及び労働時間その他の勤務状況を的確に把握した上で,Xに過度の負担が生じないようXの業務の量又は内容を調整する措置を講ずるべき注意義務を負っていたというべきである。
 しかるに,…Y社は,Xが高血圧にり患しており,再検査や精密検査が必要とされる状態であることを認識していたといえるにもかかわらず,Xの勤務状況を的確に把握して業務の量又は内容を調整する措置を講ずることなく,本件疾病の発症までの間,…過重な業務に従事させ続けたのであるから,上記注意義務に違反したものというべきである。
 イ これに対し,Y社は,XのY社における地位に照らし,Y社はXに対し安全配慮義務を負っていなかったと主張する。
 しかし,前記(1)の安全配慮義務は,雇用契約の信義則上の付随義務として一般的に認められるべきものであるから,XがY社の従業員であった以上,過去に監査役又は取締役に就任していたとしても,そのことから直ちにY社がXに対する安全配慮義務を負わないことになるものではない。」

「五 争点(3)(Y2の会社法429条1項に基づく損害賠償責任の有無)について
 (1) 会社法429条1項は,株式会社における取締役の地位の重要性に鑑み,取締役の職務懈怠によって株式会社が第三者に損害を与えた場合に,当該第三者を保護するため,法律上特別に取締役の責任を定めたものであると解されるところ,労使関係は企業経営について不可欠なものであり,株式会社の従業員に対する安全配慮義務は,労働基準法,労働安全衛生法及び労働契約法の各法令からも導かれるものであることからすると,株式会社の取締役は,会社に対する善管注意義務として,会社が安全配慮義務を遵守する体制を整備すべき義務を負うものと解するのが相当である。
 (2) Y2は,Y社の唯一の代表取締役であるところ(…),Xの本件疾病発症当時のY社の従業員数は25名程度であったこと(…),本件店舗は,本店から自動車で5分程度の距離の場所にあったこと(…),Y2は,毎朝,Y社の従業員全員が出席する朝礼に出席していたこと(…),本件店舗の従業員の日誌の提出を受け,各部門長の日誌を確認していたこと(…)に加え,マネージャーマニュアルの記載が…のとおりであったことのほか,証拠《略》及び弁論の全趣旨によれば,…指示を含め,本件会社における基本的な業務上の指示はY2が行っており,従業員からの基本的な業務上の報告はY2に対してされていたことが認められることからすると,Y2は,Xの勤務状況について,認識していたか,少なくとも極めて容易に認識し得たものというべきである。しかるに,…Xの業務内容及び…Xの時間外労働時間数によれば,Y2は,少なくともXの本件疾病発症前6か月間,Y社の代表取締役として,従業員の過重労働等を防止するための適切な労務管理ができる体制を何ら整備していなかったというべきである。
 そうすると,Y2は,悪意又は重大な過失によりXに本件疾病の発症による損害を生じさせたものというべきである。
 (3) これに対し,Y2は,XのY社における立場に照らし,Xが自ら不適切な労務管理を行うと想定することができなかったことから,Y2には悪意又は重大な過失が認められないと主張するが,本件疾病発症前6か月間において,Xが自らの裁量で労務管理を行うことができる地位にあったといえないことは既に説示したとおりであるから,Y2の上記主張は前提を欠き失当である。
 また,Y2は,従業員に対し,定時帰宅の励行を指示していたことから,任務懈怠はない旨主張するが,仮にそのような指示がされていたとしても,…Xの業務の内容や量が軽減されたといった事情をうかがわせる証拠はないから,上記の指示のみで,Y2が,Y社が安全配慮義務を遵守する体制を整備すべき義務を尽くしたということはできない。
 Y2は,悪意又は重大な過失がなかったことについてその他るる主張するが,いずれも前記(2)の判断を左右するに足りるものではない。」